英国のシンクタンクMore in Commonが2026年6月16日、ビデオゲームを通じた偽情報への心理的レジリエンス構築に関する調査報告「On Their Terms: Countering disinformation through games」をウェブサイト上で公開した。執筆者はAndrew Fowler。本記事はロンドンのUniversity of the Arts London(UAL)傘下のAKO Storytelling Instituteとの協働プロジェクトの実証フェーズの結果を報告するものであり、2,000人規模の世論調査、複数のフォーカスグループ、そして本プロジェクトのために独自に開発された2本のプロトタイプゲーム「Bezerkerz」「Solomon’s Secret」のプレイテスト結果を扱う。
このプロジェクトには前段がある。AKO Storytelling Instituteは2026年1月6日、同じプロジェクトの理論的枠組みを整理した報告書「Countering disinformation through games」をすでに公開している。この報告書は、ゲームデザイナー・心理学者・戦略コミュニケーション専門家を集めた2日間の創作ラボの成果として、偽情報に対する心理的耐性を「ソース判断のバイアス認識」「感情操作の識別」「社会的バイアスと影響の理解」という3つのスキルに整理し、これをゲームデザインにどう組み込むかという設計指針を提示するものだった。今回のMore in Common記事は、この理論的枠組みに基づいて実際に作られたプロトタイプゲームを一般のオーディエンスでテストした結果を報告するものであり、いわばプロジェクトの「検証フェーズ」にあたる。両文書は同一プロジェクトの異なる段階を報告したものであり、本記事では両者を区別しながら、最新のMore in Common報告を中心に紹介する。
機関の立場を確認しておく。More in Commonは社会の分極化と社会的結束を専門とするシンクタンクであり、価値観に基づく人口セグメンテーション手法「British Seven」の開発元である。AKO Storytelling Instituteは創作実践を基盤とする芸術大学の研究機関で、AKO Foundationの支援を受けてUAL Social Purpose Groupの一部として設立された。プロジェクト全体はEuropean Media and Information Fund(EMIF)の助成を受けている。報告された数値や引用は、いずれもMore in Common自身が実施した調査・テストに基づくものであり、外部による独立した検証や査読を経たものではない点は留意が必要である。
なぜゲームが偽情報対策の媒体として注目されるのか
報告は英国における信頼の低下を出発点に据える。英国人のほぼ5人に2人(39%)がもはやBBCを信頼していないと回答しており、こうした低い信頼水準は政治的分極化や民主主義への信頼低下、社会の「我々と彼ら」という分断意識の深まりといった慢性的な問題を引き起こしているとされる。
この信頼低下と並行して報告されるのが、ゲームプレイ頻度と陰謀論的信念の相関である。日常的にゲームをプレイする層のほぼ3分の2(64%)が、「秘密の集団が世界の主要な出来事を支配している」という命題を信じると回答しており、これは一度もゲームをプレイしない層の半数未満という割合と比較される。18歳から24歳の若年男性層は、英国における政治的疎外をめぐる議論の中心に位置する集団であると同時に、最もゲームをプレイする可能性が高い集団でもあるとされ、この重なりが報告の問題意識の核心を成している。
調査のフォーカスグループは、主流メディアや政治への信頼が低いにもかかわらずビデオゲームを定期的に楽しんでいる人々を対象に実施された。28歳のゲーマーLukeの発言が引用されており、政治がいかに腐敗しているかを目にして関心を失い、ニュースを見ず主流メディアの内容の多くを信じられないため、代わりに「別の情報源」を頼るようになったという。報告はこの種の証言を、ビデオゲームが主流メディアから距離を置く層に届くための「理想的な経路」になり得るとする論拠として用いている。
何が問題なのか
報告は、媒体リテラシー教育の現状について次のように整理する。誰もが偽情報の影響を受けやすいが、主流の媒体リテラシー訓練は過去数年間の問題の急速な拡大に追いついていない。More in Commonの調査によれば、英国成人の半数以上が少なくとも時々ビデオゲームをプレイし、30%は週4時間以上プレイする。これは政治的に最も疎外され、最も無力感を抱いている層を含む、ほぼ全セグメントに及ぶ現象である。
ここで報告が指摘する逆説が重要である。デジタル環境に最も親和性の高い層が、同時に自身の偽情報識別能力を過大評価する傾向も最も強い。日常的にゲームをプレイする層は、一度もプレイしない層と比較して、自身の偽情報識別能力に「非常に自信がある」と回答する割合が4倍に達する。しかし、偽情報に最も脆弱な層ほど、媒体リテラシーを教えるゲームをプレイしたいと答える割合は低く、日常的なゲームプレイヤーのうち偽情報の識別を学ぶゲームに「本当に興味がある」と答えたのはわずか5人に1人にとどまる。つまりビデオゲームは、最も偽情報に脆弱で主流メディアへの信頼が最も低い層に届く可能性を持つ一方で、その層自身は明示的な教育的内容を望んでいないという二重の制約のもとにある。
プロジェクトの進め方
調査は、主流の政治・メディアに疎外感を抱きながらもビデオゲームをプレイし続けている人々を対象とした予備的フォーカスグループから始まった。なぜ、どのように、いつプレイするのか、何を最も楽しんでいるのかが尋ねられた。24歳のJackの発言が引用されており、ゲームに込められた豊かさや手間、心を感じ取れることがプレイヤーを引き込み、プレイを終えた後もゲームについて考え続けてしまうこと自体が、優れた物語体験をした証だと述べている。
これらの知見は、AKO Storytelling Instituteが招集したプロフェッショナルのゲーム開発者と偽情報対策を専門とする学術研究者のグループに共有された。両者は協働して、最新の偽情報対策手法と、本当に楽しめるプレイ可能なゲームメカニクスを組み合わせる仕組みを開発した。信頼できない語り手、不均衡な社会的力学、単一のゲーム内に複数の視点が共存する余地といった手法が具体的に挙げられている。これらのメカニクスは特に「inoculation theory(接種理論)」を基盤としている。接種理論は心理学者が開発した、集団を偽情報に対してより強くするための手法であり、知識は脆く揺らぎやすいものであること、人は誰しも社会的バイアスを持つこと、そして感情的な操作を受けやすいことという考え方を、偽情報そのものよりも「上流」から導入することで機能する。
2つのプロトタイプゲームとそのテスト結果
More in Commonの知見をもとに、AKO Storytelling Instituteはこれらの偽情報対策メカニクスを組み込んだ2本のプロトタイプビデオゲーム、「Bezerkerz」と「Solomon’s Secret」を委託制作した。両ゲームは主流メディアへの信頼度が低い参加者を対象にテストされ、一定の成功を収めたとされる一方、参加者の一部は、自分たちが偽情報対策をテーマにしたゲームを、それを知らされずにプレイさせられていたと気づいた際に裏切られたと感じたことも報告されている。
このプロトタイプテストの結果報告は、プロジェクト全体が直面する構造的な緊張を浮かび上がらせる。報告は、多くのプレイヤーがビデオゲームを評価する理由が、それが政治的イデオロギーから自由な空間であることそのものにあると指摘する。多くの人々はゲームを、自分が生きている道徳的・政治的で過酷な現実への代替物として扱い、その状態が保たれることを望む。したがって「学習成果」に過度に重きを置くゲームと、プレイアビリティを優先するゲームの間にバランスを見出す必要があり、いずれかに偏ればもう一方が犠牲になる傾向があるとされるが、両者が両立不可能というわけではない。
Solomon’s Secretについては、本プロジェクトとは別に、開発に関わった心理学者・ケンブリッジ大学博士候補生のCecilie S. Trabergの個人ページでも紹介されており、これによれば本作は高校の同窓会という設定の中で資産家ホストの「Solomon Asch」(社会心理学における同調実験で知られる人物名を借用したと見られる)が殺害される事件を、Z世代風の登場人物群とのやり取りを通じて解決していくミステリーアドベンチャーである。プレイヤーは登場人物の発言に潜む欺瞞や操作の手口を読み解きながら、社会的影響に関する科学的知見を物語の中で体験する構造を持つ。
既存ゲームへの参照:Among UsとPapers, Please
報告は実証テストの文脈に加えて、既存の商業ゲームの中にも偽情報対策の構造を見出せると指摘する。Among Usは、疑念と集団の合意形成、同調がどのように人々の信念を形作るかを示す「社会的バイアスと影響」の好例として挙げられる。Papers, Pleaseは、国境警備の職務を通じてプレイヤーが情報源をどのように自身の内的バイアスによって判断するかを浮き立たせるゲームとして紹介される。これら2作はいずれも、AKO Storytelling Instituteが2026年1月の報告書で示した3スキルモデルとも重なる位置づけであり、理論篇と実証篇の双方に共通して引用される数少ない実例となっている。
理論篇が示す3つのスキルとその設計上の含意
2026年1月のAKO Storytelling Institute報告書は、今回のプロトタイプテストの土台となった理論的枠組みをより詳細に提示している。心理学者との協議を通じて特定された3つのコアスキルは、それぞれ異なるゲーム設計上の含意を持つ。
「ソース判断のバイアス認識」は、ゲーム内で権威・美的要素・信頼性がどのように表現され、プレイヤーが誰を信じ、なぜ信じるのかという問題に関わる。設計上は、情報源に関する曖昧さをモデル化し、批判的な関与を促し、プレイヤーの期待をあえて裏切るような構造を取り入れることが提案されている。「感情操作の識別」は、緊張・恐怖・緊急性といったゲームプレイが引き起こす感情的な次元と、それが判断に与える影響を扱う。設計上は、安全な仮想空間の中で振り返りや感情の制御、エスカレーションの回避を促す瞬間を意図的に作ることが求められる。「社会的バイアスと影響の理解」は、ピアの影響・内集団の力学・集団的意思決定によって形作られる社会システムとしてのゲームの機能そのものに関わり、設計上はロールプレイや同盟関係、協力関係を通じて信念の伝播を探求させ、プレイヤーに社会的力学を観察・反省・撹乱する機会を与えることが含意される。
報告書はこれら3スキルを明示的な教育コンテンツとして提示するのではなく、ゲームメカニクスとナラティブの中にさりげなく織り込むべきだと強調する。この設計思想を支える根拠として、感情、特に恐怖や怒りといった強い感情が偽情報を信じ拡散する可能性を高めるという研究、そして自身の既存のバイアスと一致する情報を人々が受容・拡散しやすいために同質的コミュニティ内で偽情報が急速に伝播するという知見が挙げられている。Bezerkerz・Solomon’s Secretという2作の実証テストで「自分が知らされずに偽情報対策ゲームをプレイさせられていた」という参加者の反発が観察されたのは、まさにこの「さりげなさ」の追求が抱える緊張——プレイヤーの自律性を尊重しようとする設計上の選択が、逆に裏切られたという感覚を生みうるという、実践に移したことで初めて可視化された課題だったと位置づけられる。
産業構造上の課題
AKO側の報告書は、こうした設計思想を実装する上での産業的な障壁にも触れている。独立(インディー)開発者は、大手スタジオの商業的制約やリスク回避傾向から自由であり、媒体リテラシー介入や心理学的知見のさりげない統合のような新しい発想を実験できる立場にあるとされ、Undertale、Braid、Celeste、Papers, Pleaseといった作品が先例として挙げられている。一方で、AAAプロジェクトは長期の開発サイクルと多額の予算を要するためリスク回避的になりやすく、続編や既存IPを優先する傾向がある。パブリッシャーも商業的安定性を重視するため、社会的に敏感な課題を扱うプロジェクトには慎重になりがちである。
さらに、こうした「さりげなく中立的な」介入の効果を測定すること自体が本質的に難しいという課題も指摘されている。明示的な教育コンテンツが存在しないことは、追跡可能な観察可能な指標や行動的マーカーが少ないことを意味し、効果は長期的かつ拡散的で、ゲーム外の要因にも影響されうる。直接的かつ明示的に教育する介入であればより明確で測定可能な効果を生む可能性が高いが、訴求できるプレイヤー数は少なくなる。逆に、さりげなく組み込まれた娯楽的な体験は、効果が薄く測定しにくくなる可能性があっても、より広いオーディエンスに到達できるというトレードオフが、今回のプロトタイプテストの結果(一定の成功とともに観察された反発)にも反映されていると見ることができる。
知見の整理
報告が示す中心的な緊張関係は、媒体リテラシー教育としての効果と、純粋な娯楽としてのプレイアビリティの間のトレードオフである。研究者・教育の専門家とゲームデザイナー、心理学的専門知識を一つに結びつける協働が不可欠であるとされ、対象オーディエンスがその媒体を自分に向けられたものと感じられなければ、いかなる行動変容も見込みにくいという点で、オーディエンスの理解そのものが媒体リテラシー介入の中心に位置づけられる。独立系のゲーム開発者はこれまでも倫理的なゲーム開発の最前線に立ってきた存在であり、変化を主導し知見を共有する力を与えられるべきだとされる。
接種理論と心理的レジリエンスは、従来の「デバンキング(事後的な訂正)」手法とは対照的に、偽情報・誤情報に対する長期的かつ受動的な防御を提供しうるとされる。これが機能するためには、関連するメカニクスがゲームそのものの主題としてではなく、ゲームプレイに直接組み込まれている必要がある。そうすることでゲームの訴求力が広がり、すでに政治やメディアから距離を置いている層を遠ざけてしまうことを避けられるとされる。彼らは説教的すぎる媒体に最も警戒心を抱く傾向があるためである。
報告は結論として、本研究が偽情報対策セクターとゲーム産業の双方に、今後数十年の中心的な課題の一つにどう取り組むかという関心を呼び起こしたと位置づける。接種理論が、従来の媒体リテラシー訓練への関与を望まない多くの人々を含む幅広いオーディエンスに対して、偽情報への長期的な耐性を構築する効果的な経路となり得るという明確な根拠が今や存在するとされ、ビデオゲームはこうした社会から切り離された人々と、単純にゲームをプレイし楽しんでいる多くの人々の双方に同時にアプローチできる経路を提供するという見立てで締められている。

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