2026年7月、欧州評議会の「ジャーナリズムの保護とジャーナリストの安全のためのプラットフォーム」(Council of Europe Platform to Promote the Protection of Journalism and Safety of Journalists)に加盟する8つの国際団体が、コソボにおけるメディア自由の状況に関する現地調査報告書「Kosovo: Reversing the Decline in Media Freedom」を公表した。参加団体は欧州ジャーナリスト協会(AEJ)、欧州報道・メディア自由センター(ECPMF)、欧州ジャーナリスト連盟(EFJ)、Index on Censorship、国際新聞編集者協会(IPI)、Osservatorio Balcani Caucaso Transeuropa(OBCT)、欧州放送連合(EBU)、国境なき記者団(RSF)の8団体で、現地のコソボジャーナリスト協会(AJK)が調査を支援した。
このプラットフォームは2014年12月に欧州評議会と参加団体の間で締結された了解覚書に基づき、加盟国におけるメディア自由への深刻な脅威を欧州評議会と当該国に警告する仕組みを持つ。ただしコソボは欧州評議会の加盟国ではないため、この警告メカニズムの対象外にある。そのため参加団体は、覚書上の正式な警告手続きとは別に、定期的な現地調査によってコソボの状況を独自に記録するという方式を取ってきた。今回の調査は2022年に実施された前回調査に続くものである。
調査団は2026年3月24日から26日にかけてプリシュティナを訪問し、アルビン・クルティ(Albin Kurti)首相との面談のほか、放送・オンライン・調査報道の各分野の記者・編集者、メディア関連団体、コソボ公共放送(RTK)の記者・経営陣、独立メディア委員会(Independent Media Commission, IMC)代表者、プリシュティナ基礎裁判所、コソボ検察評議会、さらに欧州評議会・欧州安全保障協力機構(OSCE)・欧州連合(EU)を含む各国大使館・国際機関の代表者と個別に面会した。3月26日にはプリシュティナで記者会見を開いている。
調査時期はコソボの政治的混迷と重なっていた。議会選挙が繰り返され、大統領選出をめぐる政治的膠着状態が続く中、調査から間もない4月29日に新たな解散総選挙が発動され、6月に投票が行われた。報告書執筆時点で新政権はまだ発足していない。報告書と勧告はコソボの国家当局に送付され、欧州評議会・EU・国連・OSCEにも共有されている。
総論:後退の三つの要因とRSF指数28位下落
報告書は、コソボが多元的なメディア環境を有し、ジャーナリストに対する物理的暴力の水準は低く、欧州・国際基準への法制度上の整合性も広範に確保されていると認めながらも、過去3年間でメディア自由の明確な後退期に入ったと結論づけている。調査団が挙げる主要因は三つある。第一に、IMCに対する政治的統制を強める内容を含み、後に違憲判決を受けた「メディア法」が議会を通過したこと。第二に、公共放送RTKに対する資金不足と圧力。第三に、与党政治家によるジャーナリストへの言葉による攻撃と信用毀損の持続的増加である。
これらの要因により、独立国となった2008年以降おおむね安定していたコソボの報道自由が、与党ヴェテヴェンドスイェ(Vetëvendosje、VV)による政治的圧力を主因として悪化局面に転じたと報告書は評価する。国境なき記者団(RSF)の2026年世界報道自由度指数でコソボは180カ国中84位となり、2023年から28位下落した。これはEU加盟候補国として地域の模範とされてきたコソボの立場を損なうものであり、次期政権による持続的な政治的取り組みが必要だと調査団は指摘する。
ジャーナリストの安全:言葉による攻撃の急増と物理的暴力の減少
報告書がまず扱うのはジャーナリストの安全の状況である。AJKとセーフジャーナリストネットワーク(SafeJournalists Network)が継続的に記録している攻撃件数の推移は次の通りである。
| 年 | 記録件数 |
|---|---|
| 2020 | 24 |
| 2021 | 29 |
| 2022 | 33 |
| 2023 | 74 |
| 2024 | 53 |
| 2025 | 69 |
| 2026(7月時点) | 24 |
2023年のピーク以降、物理的暴力の件数自体は減少している一方、政治家による中傷キャンペーン・嫌がらせ・言葉による脅迫が増加傾向にあると報告書は指摘する。2025年に記録された69件のうち、公人による信用毀損・中傷・オンライン嫌がらせが際立っており、内訳は公職者による事案が16件、公人によるものが14件、国家職員によるものが5件(うち警察官2名を含む)となっている。政治担当記者との面談では、大多数が取材活動を理由とした言葉による攻撃や脅迫を経験していると証言した。
デジタル空間での脅威も拡大している。2020年以降すべてのメディアがオンラインへ移行したことに伴い、デジタル上の嫌がらせ・殺害予告・脅迫・中傷キャンペーンの件数が増加した。コソボ検察評議会との面談では、オンライン上の脅迫が最も対処の難しい案件であると確認された一方、警察内のサイバー犯罪専門部署の存在が加害者特定に一定の効果を上げているとされる。女性ジャーナリストは特に標的にされやすく、報道室内でのハラスメントや性差別的発言、告発時の報復への恐怖といったジェンダーに基づくリスクに直面している。実際の事例として、オンラインメディアVox Kosovaおよびreporteriへのサイバー攻撃が発生し、両社のソーシャルメディア上での存在(コンテンツ配信と読者獲得の主要チャネル)が深刻に阻害された。
政治的圧力の具体例として、報告書は与党VVによる国内テレビ局T7、TV Dukagjini、Klan Kosovaに対する2025年初頭の選挙期間中のボイコットを挙げている(2026年に解除され、VV関係者の出演が再開された)。クルティ首相自身の発言も繰り返し引用されている。2025年、首相は出口調査の誤差を理由にテレビ局の捜査を検察に呼びかけた。ある記者の質問に対しては「あなたのメディアのオーナーに、公共予算に何百万も返還するよう頼んでくれ」と応じた(これは記者本人や取材内容に対する言及ではなく、当該メディアオーナーの別件の経済問題を指したものだった)。別の機会には、RSF指数の順位下落の責任を記者側に負わせた上で研修受講を提案し、さらに別の場面ではオンラインメディアをコソボを沈めようとする「バミューダ・トライアングル」の一部だと表現した。
セルビア語系メディアなど非多数派言語のメディアは特に複雑な立場に置かれている。これらのメディアはプリシュティナとベオグラードの双方からの圧力にさらされ、双方向のプロパガンダや競合するナラティブへの露出を報告している。ジャーナリストを国家の「敵」と位置付ける言説の反復は、メディアと個々の専門職双方の信頼性を体系的に損なっていると報告書は分析する。加えて首相の警護チームが記者を物理的に押しのけ、取材と情報アクセスを妨害した事例も複数記録されている。
首相との面談では、クルティ氏はジャーナリストの安全に関する懸念を軽視し、事態の深刻さを認めなかった。調査団は首相と与党に対し、ジャーナリストへの侮辱的言辞を控え、社会全体への模範を示すよう明確に要請したが、首相からは具体的な確約は得られなかった。事後の文書質問に対し、首相府は「彼はいかなる出所からのものであれ、ジャーナリストへの言葉の暴力を支持・容認しない」「彼が公に提唱する品位ある公共の言説の基準は、彼自身の言動に反映されている」と回答し、VVの支持者数の多さを理由に「すべての個々の支持者の発言について首相が責任を負うことはできない」と付け加えた。
一方で報告書は肯定的な動きも記録している。プリシュティナ基礎裁判所とコソボ検察評議会は、ジャーナリストの安全に関わる案件を建設的に処理しているとされ、司法対応の迅速さに記者・編集者から一定の満足が示された。特に注目されるのが、名誉毀損・安全・SLAPP(戦略的恫喝訴訟)関連案件を優先するコソボ司法評議会の「2026〜2028年司法アクセス改善戦略」であり、欧州SLAPP対抗連合(CASE Europe)がこれを他国のモデルになりうる模範事例として歓迎している。また欧州評議会とEUが資金提供するPROFREXプロジェクトによる裁判官・検察官・弁護士向けの名誉毀損・ジャーナリスト安全・SLAPP研修も継続しており、こうした司法分野の取り組みがジャーナリストコミュニティから最も信頼される制度である理由になっていると分析されている。
公共放送RTKと独立メディア委員会IMCの機能不全
報告書は公共放送RTKと独立メディア委員会IMCを、コソボのメディア基盤を支える二本柱と位置付けた上で、両機関が近年一貫した政治的干渉と構造的放置の圧力下にあると評価する。
RTKの財政危機と統治の空白
RTK法により、同放送局は国家予算歳入の0.7%(年間約2000万ユーロ相当)を受け取る権利を有する。しかし議会が2025年に実際に承認した予算は896万ユーロにとどまり、法定額の半分に満たなかった。短期間に相次いだ議会選挙による政治的不安定と、RTKに各種賠償の支払いを命じる複数の裁判所判決が重なり、記者らの給与支払いは少なくとも3回遅延し、RTK職員による抗議が発生した。
これに対し首相府は文書で「この法的義務はすでに失効しており、予算との関連でRTK法に言及すること自体が不正確である」「政府は公共放送への投資に取り組んでおり、その改革を支える必要な法的枠組みを整備する」「年間896万ユーロはメディア組織にとって相当な予算であり、これを『わずか』896万ユーロと表現することは、その7分の1から9分の1の予算で運営する民間メディア企業に対して失礼にあたる」と反論している。これに対し調査団は、議会が改正しない限り現行RTK法は予算にも適用されると解釈し、両者の見解の相違を明記した上で、資金枠組みをめぐる長期化した不確実性は戦略的計画・編集の独立性・公共サービス責務の遂行能力に悪影響を及ぼしうると指摘している。
RTKは1年以上にわたり、正式に構成された理事会も法的に任命された総局長も欠いたまま、承認された予算にすらアクセスできない統治危機の状態にあった。職員は無給状態に置かれ抗議を繰り返した。EBUは調査団参加団体を含む16のパートナー団体とともに、2025年11月に首相宛ての公開書簡で資金の即時解放とRTKの統治機構回復を要求した。同月13日付の首相の回答は、RTKの重要性を認めつつも、議会委員会が機能不全にある中で政府が権限外の行動は取れないというものだった。その2週間後、クルティ政権は給与支払いのための予算を承認している。
編集の独立性をめぐる懸念も具体的な事例とともに記録されている。2025年8月、RTKの編集者6名が担当番組から外されたが、AJKはこれを、給与遅配について政府・議会を批判したことへの検閲・報復行為とみなした(RTK経営陣はこの評価に異議を唱えている)。オンブズパーソンはRTKジャーナリストへの検閲・政治的圧力について調査を開始しており、報告書公表時点で結果は未公表である。また与党VV所属で現在は環境・空間計画相代行を務めるFitore Pacolli氏は2025年7月、インタビュー後に記者Blerta Foniqi氏を「外部から指示された」質問をしたと公に非難し、外部主体の指示によるミッションを帯びていたと主張した。その1カ月後、Foniqi氏と他の編集者が担当していた番組は放送中止となった(RTK経営陣は別の理由を説明している)。2026年2月には記者Edina Avdiu氏とHana Martetit氏の契約が更新されなかった。Avdiu氏は、当時与党出身だった新議長を称賛する編集者作成の原稿を読み上げることを職業倫理上不適切として拒否していた。
RTK経営陣は調査団との面談でこれらの疑惑を強く否定し、番組の司会・進行に関する決定は編集管理の範疇にあり、当該記者らは契約・報酬・正式な地位を維持していると説明した。しかし調査団はこの説明に懸念を解消されなかったとし、ニュースキャスターの降板や番組打ち切り、放送局内の政治的圧力について引き続き重大な懸念を表明している。なお現RTKテレビ局長のRilind Gërvalla氏は与党VVの元党員かつ資金提供者であり、記者・編集者らはこの点を独立性に関する議論の文脈で問題視した。
さらに、ボスニア・ヘルツェゴビナのメディアの記事を事前検証なしにRTKが報じ、オンラインメディアNacionaleとPeriskopiがセルビアから資金提供を受けているとした事案も記録されている。この報道は与党とその支持者から大きな反発を招き、両メディアへの捜査を検察に求める声が上がった。しかしIMC・プレス評議会・RTK内部調査のいずれもRTKが情報を検証していなかったと結論づけ、報道倫理基準への違反があったと判断した。RTKはIMCの決定に基づき後日訂正を公表したが、Nacionaleは名誉毀損訴訟をRTKに対して提起しており、2026年5月5日に第1回審理が開かれ、係争は継続中である。
欧州委員会の2025年進捗報告書もRTKの「予算・不動産・人的資源上の制約、内部紛争、指導部の不安定性」を指摘し、安定的な資金調達と指導部任命に向けた立法措置がなければRTKは「政治的圧力と財政的不確実性に脆弱なまま」だと警告している。RTK法は2012年以降、EUからの度重なる勧告にもかかわらず改正されていない。2026年4月24日にコソボ議会は新たなRTK理事会メンバーを選出したが、選任過程を監視したAJK・コソボ法研究所・Levizja Fol(RTKとIMC、議会メディア委員会の活動を監視するNGO)はこれを「妥協された」過程だったと非難した(担当委員会委員長は透明で能力主義的な手続きだったと反論している)。
IMC:違憲判決の後に繰り返された政治介入
IMCの独立性をめぐる調査団の懸念は二つの関連する展開に集約される。一つは2024年に議会を通過した違憲のメディア法、もう一つは調査終了後に行われたIMC理事会メンバーの任命過程の問題である。
2024年12月、議会は欧州評議会とEUの共同法的意見を大部分無視する形で法律第08/L-289号(IMC法)を可決した。この共同意見は、法的明確性・比例性・EU法体系および欧州評議会基準からの逸脱について懸念を示していた。同法は年末休会直前にわずかな審議で承認され、直ちにプリシュティナのEU事務所と複数のEU加盟国大使館から批判を浴びた。2025年4月、憲法裁判所は同法全体を無効とした。IMCメンバーの選出に関する第15条(第1.2項・第1.3項)と、委員長・委員の解任に関する第18条(第3.4項・第3.5項)が、IMCの独立性を定めた憲法第141条および憲法的価値を定めた第7条に抵触すると判断されたためである。
この判決は、2026年RSF世界報道自由度指数における法制度指標の改善(司法がメディア自由を保護する能力の高まりを反映したもの)に寄与したとされる。2026年3月の調査中、クルティ首相は憲法裁判所判決に完全に準拠した改正IMC法を起草すると約束し、調査団代表2名と首相府スタッフとの追加面談では、市民社会と独立専門家を法起草プロセスに含めることも確約された。調査団は当時この確約を歓迎していた。
しかし調査終了後の2026年4月に実施されたIMC新理事会メンバーの選定過程は、調査団の懸念を和らげるどころか深刻化させた。候補者選定は迅速かつ不透明な手続きで行われ、能力主義的選考の原則を損なう不正が指摘された。この展開は、調査からわずかな期間で首相の確約の直後に生じたものであり、機関の独立性を尊重するという意図が実務に反映されなかったことを示している。調査団は、2026年4月の任命を軌道修正ではなく、そもそも憲法裁判所の介入を招いた同一の手法の継続とみなしている。IMC法不在の影響も実務面に及んでおり、理事会メンバー不足のため事務局がすべての業務を主導している状態にある。IMCは現在約30名の職員を抱えるが、オンラインメディア規制という新たな権限に対応するため職員数を倍増させる要請を提出している(不服申立ては受理されているものの、機関が正式に再構成されるまで執行力を持たない)。
情報公開の後退:FOI苦情の急増
情報公開に関する透明性の欠如も報告書の主要な論点である。2022年の前回調査でも同様の懸念、すなわち現政権下での情報アクセスをめぐる悪化傾向が指摘されていたが、4年後の今回調査でも記者らは透明性の実務や情報アクセスに改善がないと証言している。
コソボ情報・プライバシー庁(Agency for Information and Privacy, AIP)の最新年次報告書(2026年)によると、公文書アクセス拒否に関する苦情件数は次のように推移している。
| 年 | 苦情件数 |
|---|---|
| 2021 | 139 |
| 2022 | 421 |
| 2023 | 552 |
| 2024 | 747 |
| 2025 | 927 |
2021年から2025年にかけて苦情件数は約6.7倍に増加し、2025年は前年比で最大の増加幅を記録した。記者らは政治当局の非協力的姿勢、閣僚・首相への定期的な質問機会の欠如、首相による定例記者会見の不在を批判している。編集者らは面談の中で、首相のテレビインタビューの頻度が相対的に低く、批判的な質問が少ない媒体を優先的に選んで対応しているとの見方を示した。
これに対し首相府は文書で「透明性・説明責任・情報への開かれたアクセスは中核的な民主的原則である」「政府会議後の定例記者会見は確立された慣行であり現政権下でも継続している」「就任後最初の15週間だけで閣僚は20回以上のテレビインタビュー・討論に参加した」と反論している。なお例外として調査団は司法分野の透明性を評価している。コソボ司法評議会はAJKや他のNGOと定期的に統計を共有し、裁判期日は事前公開され、市民社会団体や記者による傍聴・監視も行われている。判決文はすべてオンラインで公開され、公文書開示請求も効果的に処理されているという。
名誉毀損の再犯罪化構想と法整備の遅れ
2025年、与党VVの高官2名――前議会議長で現インフラ相のDimal Basha氏と、Hekuran Murati氏――が、名誉毀損の刑事罰化に向けて取り組む意向を公に表明した。Murati氏は名誉毀損を刑事犯罪として規定することを「自らの使命にする」と述べている。
コソボの名誉毀損法制は2003年の暫定刑法典で始まり、侮辱・名誉毀損は罰金または最長3カ月の禁錮刑の対象となる刑事犯罪とされていた。2008年に議会が名誉毀損・侮辱に関する民事法を採択したが、刑法典側の該当条項は廃止されず、民事・刑事両方の規定が並存する状態が続いた。この矛盾は2012年、コソボ最高裁判所が名誉毀損は刑事犯罪ではないと明確化する「指導原則」を発するまで解消されなかった。
首相との面談で調査団は、政府が名誉毀損・侮辱の再犯罪化を意図しているかを直接質した。クルティ首相は名誉毀損・侮辱は民事犯のままとし、政権として再犯罪化を計画していないと明言し、調査団はこの確約を歓迎している。
一方で、名誉毀損訴訟の件数自体は増加を続けている。コソボ司法評議会のデータベース(情報公開請求により入手)によれば次のように推移した。
| 年 | 名誉毀損訴訟件数 |
|---|---|
| 2019 | 75 |
| 2020 | 133 |
| 2021 | 148 |
| 2022 | 190 |
| 2023 | 191 |
| 2024 | 209 |
| 2025 | 262(司法評議会データでは263) |
なお報告書本文は別途、コソボ司法評議会データベースへの情報公開請求の結果として「2025年の提訴件数は263件で、2020年の95件のほぼ3倍」とも記しており、グラフの数値(2020年133件、2025年262件)と本文中の数値(2020年95件、2025年263件)の間に齟齬がある。いずれの数値を採るにせよ、2020年以降、名誉毀損訴訟の件数が毎年増加を続けているという趨勢そのものは一致している。調査団は、名誉毀損の再犯罪化はメディア自由と表現の自由にとって重大な後退となり、ジャーナリストへの萎縮効果を生み、公益報道を封じようとする当局や個人に容易に濫用されうると警告する。民事法による名誉毀損・侮辱の規律は、損害賠償請求と訂正要求という形で名誉保護に十分であるというのが調査団の立場である。
EU・欧州評議会基準の国内法化についても、調査団は反SLAPP指令・欧州評議会のSLAPP対抗勧告・欧州メディア自由法(European Media Freedom Act, EMFA)・デジタルサービス法(Digital Services Act, DSA)の移行の必要性を首相らに提起した。首相府は文書で「コソボはすでに視聴覚メディアサービス指令の要素をIMC法に組み込むなど、EU法体系との整合化に向けた措置を講じている」「今後のIMC法改正でこの整合化プロセスを継続する」と回答している。
ウクライナ人ジャーナリスト受け入れプログラム
報告書は肯定的な取り組みの一例として、AJK・ECPMF・EFJ・ウクライナ全国ジャーナリスト組合(NUJU)がコソボ政府・ドイツ政府と協力して2022年4月から実施している「Journalists in Residence」プログラムを紹介している。同プログラムはウクライナとアフガニスタンからのジャーナリストをコソボで受け入れるもので、首相府・外務移民省・内務省の支援を受けている。これまでに25名が同プログラムの恩恵を受け、うち10名は現在もコソボに定住し活動を続けている。NUJUはこの取り組みを世界的にも類を見ない試みとして評価している。
勧告の全体像
報告書は20項目にわたる勧告を、一般・ジャーナリストの安全・公共放送・IMC・法整備とEU/欧州評議会基準の移行・司法制度の6分野にまとめている。主なものとして、メディア政策を担当する省庁ないし首相府内の責任部局を明確に指定すること(現状ではいずれの省庁もメディア政策を所管していない)、与党党首・首相代行はジャーナリストへの言葉による攻撃を扇動・容認する言説を控えること、刑法典を改正しジャーナリストへの職務関連の攻撃を加重情状として位置付けること、RTKに法定予算を完全に配分し政治から独立した持続可能な資金メカニズムを構築すること、不動産問題を解決すること、新たなIMC法を市民社会・メディア関係者・国際パートナーとの実質的協議の下で憲法裁判所判決に完全準拠する形で起草すること、名誉毀損の非犯罪化状態を維持すること、EMFA・DSA・反SLAPP関連の指令・勧告との法制整合化を進めることなどが挙げられている。また、コソボがメディア自由連合(Media Freedom Coalition, MFC)加盟国として「メディア自由に関するグローバル宣言」の履行義務を果たし、上級メディア自由専門家パネルと連携すべきことも明記されている。
分析:構造として見えるもの
この報告書が提示する最も重要な構図は、法制度上の整合性と実際の政治的統制の乖離である。コソボは視聴覚メディアサービス指令の要素を国内法に取り込み、司法は違憲立法を退け、名誉毀損は民事化されたままである。形式的には欧州基準に沿っているように見える。しかし報告書が繰り返し示すのは、この形式的整合性の背後で、理事会人事・予算配分・番組編成という運用レベルの意思決定を通じて政治的統制が再生産される過程である。IMC法が憲法裁判所によって無効化された直後、調査団への確約にもかかわらず理事会メンバー選定が「性急で不透明な手続き」で行われたという事実は、司法による是正が制度そのものの独立性を回復させるとは限らないことを示す典型例である。法律の無効化と人事介入という二つの局面を切り離さず、一続きの同一パターンとして捉えている点に、この報告書の分析枠組みとしての価値がある。
もう一つ注目すべきは、RSF指数のような複合指標の内部構成である。コソボの総合順位は28位下落した一方、法制度指標は違憲判決を受けて改善したとされる。総合指標の悪化と個別指標の改善が同時に生じるという事実は、単一の数値ランキングだけでは政治的圧力の実態を捉えきれないことを示しており、報道の自由を定量的に扱う際に指標の内部構造まで踏み込む必要性を裏付けている。
首相府の反論戦略にも構造的な特徴が見られる。RTK予算に関する「法的義務はすでに失効した」という主張、ジャーナリストへの侮辱発言について「個々の支持者の発言に責任は負えない」とする論法、記者会見の頻度について「閣僚が20回以上のテレビ出演をした」という数値で応答する手法は、いずれも個別の事実関係を否定するのではなく、論点を法解釈上の技術的次元やスケールの違いにずらすことで批判の实質を回避する言説パターンである。この種の応答は、メディア環境の統制が公然とした検閲ではなく、資金の遅配・人事の不透明化・法解釈の係争化といった間接的で立証しづらい手段を通じて進行するという、報告書全体を貫く傾向とも整合している。

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