西バルカン地域では、偽情報は政治的不安定を助長し、EU統合プロセスを妨げる要因として注目されています。今回紹介するThe Institute for Strategic Dialogue (ISD)が2024年12月18日に公開したレポート「Monitoring Influence and Disinformation Campaigns in the Western Balkans」は、外部からの情報操作(FIMI)ではなく、地域内の政治家やメディアが担う役割に焦点を当てています。
EU vs 地域内の偽情報:外部からの脅威だけではない
欧州連合(EU)は、外国情報操作と干渉(FIMI)を主な脅威と捉えていますが、レポートでは西バルカン地域における偽情報の主要な担い手が「地域内の政治家やメディア」であることが明らかにされています。31,048件のTelegramメッセージ、27,644件のFacebook投稿、478本のYouTube動画、また政治家、政党、NGOを含む116以上のアカウントを調査した結果、以下のような分析結果が得られています。
1. セルビアにおける政治家とメディアの連携
- 親ロシア感情の助長
セルビアでは、政府寄りのメディアがロシアを「セルビアの守護者」として描き、西側諸国を不安定化の原因として非難するナラティブを広めています。具体的には、以下のようなプロパガンダが見られました:- 選挙不正に対する抗議への対応
2023年12月の議会選挙後、選挙不正を訴える抗議デモが発生しました。この際、セルビア政府は抗議活動を「西側による政権転覆の試み」と表現し、ロシアがセルビアの安定を守っていると主張しました。首相アナ・ブルナビッチはロシアの安全保障機関からの情報提供を強調し、この内容を政府寄りのテレビ局であるPink TVで放送しました。 - メディアの影響力
「Pink TV」や「Informer」といった政府寄りのメディアが、選挙不正抗議を「西側の陰謀」と位置づける報道を繰り返し、視聴者に広めました。Pink TVは年間200万人以上の視聴者を持ち、この種のプロパガンダを拡散する主要なプラットフォームとなっています。
- 選挙不正に対する抗議への対応
2. 北マケドニアにおけるEU統合への抵抗
- 反EUナラティブの浸透
北マケドニアでは、EU加盟交渉の一環としてブルガリアとの妥協案(通称「フランス提案」)が提示されました。この提案は、マケドニア史を「消去する試み」として反発を招きました。特に、反EU派の政党や団体が「#NoToFrenchProposal」のようなハッシュタグキャンペーンを展開し、EUに対する懐疑心を煽りました。- 親EUと反EU勢力の共存
皮肉なことに、プロEU派と反EU派のナラティブが一部で重なり、混乱を助長しました。例えば、反EU派が組織した抗議活動を独立系メディアも「市民の抗議」として報じたことがあります。
- 親EUと反EU勢力の共存
3. ボスニア・ヘルツェゴビナの歴史修正主義
- 民族分断と親ロシア感情の強化
スルプスカ共和国のリーダーであるミロラド・ドディクは、ロシアの支援を受けて民族分断を助長しています。ドディクは以下のような行動を取っています:- スレブレニツァ虐殺の否定
国連が7月11日を「スレブレニツァ虐殺の追悼の日」とする決議を採択した際、ドディクはこれを「反セルビア的」と非難し、セルビア民族を犠牲者として描くキャンペーンを展開しました。このような歴史修正主義は、セルビアおよびスルプスカ共和国の公式メディアで広く拡散されました。
- スレブレニツァ虐殺の否定
4. コソボの独立問題を巡るプロパガンダ
- アルバニア系住民への憎悪煽動
セルビア政府は、コソボの独立に対する反発を強調し、アルバニア系住民への偏見を助長しています。特に、2004年3月の暴動(アルバニア系住民によるセルビア人の襲撃)を記念するイベントでは、「セルビアは被害者であり、アルバニア人は加害者」というナラティブが強調されました。
メディアの役割と規制の必要性
レポートが提案する解決策の一つは、メディアの透明性と規制の強化です。具体的には、次のような対策が挙げられています:
- 資金源の公開義務化:メディアの運営資金がどこから来ているのかを明らかにする。
- 独立メディアの支援:政府や外部勢力から独立した報道機関を育成し、ジャーナリズムの質を向上させる。
- メディアリテラシー教育:市民、特に若者に向けて偽情報を見抜くスキルを普及させる。
日本への示唆:偽情報対策を強化するために
西バルカンのレポートは、地域内の政治家とメディアが偽情報拡散の主要な担い手であると指摘しました。これは、日本でも報道機関や政治勢力が情報を操作し、世論形成に影響を与えている状況と類似しています。資金の透明性や独立メディアの育成、そしてメディアリテラシー教育の強化が、日本でも信頼性の高い情報環境を構築するために必要です。このレポートは、日本が直面するメディア問題を考える上で貴重な視点を提供します。
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