Metaの広告は、単なる「興味関心に基づく最適化」ではない。実態は、行動履歴や推定属性をもとにユーザーを精緻に分類し、「特定の感情反応を引き起こすメッセージ」を送り込む仕組みである。これが選挙干渉、憎悪の助長、詐欺行為に転用された例は枚挙にいとまがない。Open Rights Groupが2025年4月17日に公開したレポート『BAD ADS』は、それを証明する事例群を提示する。
民主主義の脆弱性を突く:投票抑制と情報工作
■ トランプ陣営の“抑制セグメント”
2016年の米大統領選では、トランプ陣営がFacebookを通じ、投票行動の予測アルゴリズムを用いて、ヒラリー支持層(特にアフリカ系有権者)に「投票をやめさせる」広告を配信していた。これは従来型の「説得」ではなく、「沈黙させる」ことを目的とした政治的ターゲティングだった。
■ ロシアによるDoppelganger作戦
ロシア政府系の情報工作「Doppelganger」では、ウクライナ支援を削ぐための親露プロパガンダがFacebook広告を通じて展開された。対象は「ゲーマー」「ユダヤ人」「ヒスパニック系」など。AIによる反応分析で即座に内容を変化させる手法が取られていた。
■ 民主党支持に見せかけた偽装広告
2 024年には、イーロン・マスク系のPACが民主党支持を装った偽キャンペーン「Progress 2028」を展開。銃規制や移民政策に関する偽情報を、保守系有権者に向けて「相手の過激性」を強調するかたちで配信した。
科学に対する偽情報の拡散装置としてのMeta
■ 反ワクチン広告と「新米ママ」ターゲティング
「ワクチンは子どもを殺す可能性がある」とする広告が、女性や育児中の親を対象に配信されていた。Metaは「ワクチン論争に関心がある」という推定カテゴリを用意し、それに基づくターゲティングを可能にしていた。
■ COVID-19 “インフォデミック”の土台
パンデミック以前から、Facebook上では疑似科学、陰謀論、反医療的な投稿が増幅されていた。Metaが「擬似科学に関心がある人」などのプロファイルを用いていたことが、後の感染症偽情報の爆発を加速させたと指摘されている。
■ 気候変動広告の“年齢別誤情報”
気候変動否認の広告は、若年層には未来リスクの誇張性を、高齢層には原因否定を訴える内容が多かった。これもMetaの配信最適化が裏で働いていたとされる。
憎悪と分断:広告によるセクト主義と民族攻撃
■ プロファイリングされた「宗教的敵意」
Facebookではかつて、「ユダヤ人を憎む」「ユダヤ人を焼く方法」といったカテゴリが広告ターゲットとして使えた。自動生成であっても、15分以内に承認され、配信された実績がある。
■ インド選挙とイスラム教徒への暴力扇動
2024年の選挙では、AI生成のイスラム教徒攻撃広告が選挙沈黙期間中にもMetaで配信されていた。これは検閲を回避しつつ宗教的暴力を煽ることに成功してしまった事例である。
■ 北アイルランド:宗派対立を広告で再活性
Global Witnessによるテストでは、プロテスタントとカトリックそれぞれを名指しする広告が、短時間で承認された。実際の暴力の直前で、広告が煽動を加速させた可能性が指摘されている。
恐怖とトラウマの活用:政府広報と個人被害
■ 難民に向けた“死と裏切り”の広告
英国Home Officeは、「海で死ぬ」「騙される」といった内容の広告を、アラビア語やパシュトー語話者、特定都市の居住者にだけ配信していた。いわば「見えないGo Homeバス」である。
■ 健康不安を増幅する“トラウマ広告”
がんで家族を亡くしたポーランドの女性の例では、Facebookが「がん」「遺伝病」などの関心を自動で付与し、広告が執拗に表示され続けた。設定変更をしても再発する構造が問題視されている。
詐欺と偽造:ブラックマーケットのプラットフォーム化
■ ディープフェイク詐欺広告
キア・スターマーやウィリアム王子の偽動画を使い、「政府公認の投資スキーム」を騙った暗号資産詐欺広告が配信されていた。被害額は数百万ポンドにのぼる可能性がある。
■ 偽造身分証の広告流通
「試験なしで取得可能な英国運転免許証」などの広告が、EU圏内の18〜54歳男性をターゲットに配信されていた。MetaのAd Libraryを用いた簡単な検索で、複数の類似広告が発見されている。
法規制なくして止まらない「監視広告の暴走」
レポートは、以下の3つの構造的問題を挙げ、法的介入の必要性を主張する。
- 透明性の欠如:ターゲティング基準が公開されず、検証困難
- モデレーションの不全:事前審査は自動化され、文化的文脈への理解も乏しい
- プロファイリングの強制性:実質的にオプトアウトが不可能
単なる「不適切な広告」の問題ではない。Metaの広告モデルは、その設計原理自体が個人の尊厳、民主主義、公共空間に対する深刻な脅威となっている。
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