プロパガンダ戦争と偽情報の影響──イスラエル・ハマス戦争に関連したルーマニアでの分析

プロパガンダ戦争と偽情報の影響――イスラエル・ハマス戦争に関連したルーマニアでの分析 偽情報対策全般

 2023年10月に始まったイスラエル・ハマス戦争は、戦場だけでなく、情報空間でも激しい戦いを引き起こした。SNSやオンラインメディアでは、戦争の実態を歪める偽情報が拡散し、特にロシアやその他の勢力がこの情報環境を利用し、西側諸国の世論を分断しようとしていると指摘されている。

 この問題に焦点を当てたのが、ルーマニアのシンクタンク CRPE(Romanian Center for European Policies)によるレポート 「Propaganda wars: the role of disinformation in the Israel-Hamas conflict and its Romanian reach」 だ。本レポートは、イスラエル・ハマス戦争に関連する偽情報がルーマニアを含む東欧地域にどのように影響を与えているかを詳細に分析している。


概要

 レポートは、イスラエル・ハマス戦争がロシアのウクライナ侵攻と関連付けられ、情報戦の一部として利用されていると指摘する。特に、ロシアは「欧米はウクライナ戦争ではロシアを非難する一方で、イスラエルの軍事行動は容認している」というナラティブを拡散し、西側諸国の「二重基準」を強調しようとしていると分析されている。

 また、ルーマニアではメディアリテラシーが低く、SNSの利用率が高いため、偽情報の影響を受けやすいとされる。政治的影響を受けやすいメディア環境や、オンライン空間での極端な意見の拡散が、この傾向をさらに助長していると警告している​。


偽情報の主なパターン

 レポートでは、ルーマニア国内で広まっている偽情報を以下のように分類している。

  • ウクライナ戦争との関連付け
    「ウクライナの武器がハマスの手に渡った」という主張が拡散され、ロシアが「ウクライナへの武器供与はテロ支援につながる」というナラティブを形成しようとしている​。
  • イスラエルの軍事行動に関する誤情報
    ルーマニアでの世論調査では、以下のような「誤った信念(false belief)」が広がっていると指摘されている​。
    • 50%の人が「イスラエルのガザ攻撃はロシアのウクライナ侵攻よりも悪質である」と信じている。
    • 30%の人が「ウクライナの武器がハマスに渡った」と考えている。
    • 25%の人が「イスラエル政府はハマスの攻撃を事前に知っていたが、ガザ侵攻を正当化するために黙認した」と考えている。
  • 陰謀論的な偽情報
    「イスラエル政府がキリスト教を禁止しようとしている」「ユダヤ人がAIを使って世界の情報統制を行おうとしている」といった主張が拡散されている。これらはロシアのプロパガンダと結びつき、反ユダヤ的なナラティブを強化する役割を果たしている

提言と対策

 CRPEは、こうした偽情報の拡散を防ぐために、以下の対策を提案している。

  1. SNSプラットフォームの規制強化
    • イスラエル・ハマス戦争に関する偽情報が大量に拡散されたことを受け、ソーシャルメディア企業に対し、戦争関連の投稿に対する監視を強化するよう求めている​。
  2. ファクトチェック機関の拡充
    • ルーマニア国内で偽情報の拡散を防ぐために、独立したファクトチェック機関を強化し、迅速な訂正情報の発信を促進するべきだと提言している​。
  3. メディアリテラシーの向上
    • 市民が偽情報に惑わされないための教育を強化し、情報の真偽を見極める力を高めるべきだと主張している​。

考察:「誤った信念」とされる内容の扱い

 レポートでは、イスラエル・ハマス戦争に関するいくつかの見解が「誤った信念」として整理されている。たとえば、「ウクライナの武器がハマスに渡った」「イスラエル政府がハマスの攻撃を知っていた」といった主張は、根拠のない情報として批判されている。一方で、「イスラエルのガザ攻撃はロシアのウクライナ侵攻よりも悪質である」という意見も、同じ枠組みで「誤った信念」として扱われている。

 しかし、戦争に対する評価は、法的枠組みや人道的観点、地政学的要素を含む複雑な問題であり、一概に「どちらがより悪い」と決めることは難しい。ロシアのウクライナ侵攻は明白な主権侵害であり、イスラエルのガザ攻撃はテロ組織との戦闘という異なる背景を持つが、それぞれの戦争の影響や道義的評価は、視点によって異なる。

 したがって、「イスラエルの攻撃の方が悪質である」とする見解が、偽情報と同列に扱われることには違和感がある。このような主張は、事実誤認とは異なり、価値判断の領域に属するものである。偽情報対策が、こうした価値判断にまで適用されるようになれば、特定のナラティブが正当化され、議論の余地が狭められる可能性がある。

 CRPEのレポートは、偽情報の拡散とその対策について詳細な分析を行っているが、その提言が実際にどのように運用されるかについては、慎重な検討が求められる。

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