反ジェンダー言説を情報操作ツールとして使う国家と非国家行為体——Kvinna till Kvinna財団「女性人権擁護者の現状2026」

反ジェンダー言説を情報操作ツールとして使う国家と非国家行為体——Kvinna till Kvinna財団「女性人権擁護者の現状2026」 ジェンダー

 スウェーデンに本部を置き、紛争・脆弱国で100以上のパートナー組織と協働するKvinna till Kvinna財団は2026年2月、隔年報告書「The State of Women Human Rights Defenders 2026」を公表した。執筆者はCharlotte PruthとEva Zillén、調査設計はKajsa Tuneld。資金提供者はスウェーデン国際開発協力庁(Sida)であり、財団がフェミニスト権利擁護の立場から調査・政策提言を行う擁護型組織であることは、読み始める前に明示しておく必要がある。政策提言と調査分析が一体化した構成であり、報告書の著者たちの立場は攻撃を受ける当事者側である。本稿はそうした性格を踏まえた上で、情報操作・偽情報研究の文脈で有意義な知見を含む部分に焦点を当てる。

 同財団は2008年から女性人権擁護者への攻撃の記録を開始し、隔年報告書の形式でモニタリングを続けて15年以上が経つ。過去版との比較可能な時系列データは本報告書の強みの一つであり、2021年・2023年・2026年の三時点比較が随所で用いられている。2026年版は、ドナルド・トランプの大統領返り咲き、MetaとXのコンテンツモデレーション大幅縮小、USAIDを含む開発援助の大規模削減という三つの構造変化と同時進行で実施された調査として、特定の時代性を持つ。


調査規模と方法論

 今回の2026年版は、2025年7月から9月にかけて14言語で実施した匿名オンライン調査に81カ国・地域から795件の回答を集めた。対象地域はアジア(中央・東アジア、南アジア、東南アジア)、南北アメリカ、欧州、中東・北アフリカ、サブサハラ・アフリカ、オセアニアにまたがる。地域別の回答分布は、サブサハラ・アフリカ182件、西バルカン176件、中東・北アフリカ167件、南コーカサス・東欧111件、東南アジア50件、南アジア65件などで、リベリアは財団現地事務所の並行調査との重複により回答数が突出して多い。

 定量サーベイを補完するために25件の深層インタビューを2025年秋に実施し、アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コロンビア、コンゴ民主共和国、ジョージア、インド、レバノン、リベリア、ミャンマー、北マケドニア、パレスチナ、セルビア、シリア、タイ、ウガンダ、ウクライナ、西サハラの活動家を対象とした。これに加え、研究者・機関・ドナー・市民社会との円卓会議を2回、財団プログラム事務所スタッフとのバリデーション・ワークショップを実施した。設問の一部は複数選択方式で、自由記述欄も設けられている。インタビュー対象者の多くは匿名を希望したため、レポート内では仮名が使用されている。

 混合手法として見た場合、本報告書は純粋な定量研究でも純粋な民族誌的研究でもなく、大規模サーベイによる統計的傾向把握と個別証言による文脈化を組み合わせた形式をとっている。攻撃者側の組織・手法に対する独立した検証は含まれておらず、活動家の認知・経験の記録として読む必要がある。


自国政府が主要加害者:国家による情報操作の構造化

 報告書が記録する最も顕著な変化は、脅迫・嫌がらせの発生源として自国政府・当局を挙げる回答者の割合が、2021年の32%から2023年に57%へと急増し、2026年版でも同水準の57%を維持していることだ。従来は個人・集団による散発的な攻撃が主流とされていたが、国家が主要な加害主体として定着した構図が浮かび上がる。

 報告書は国家行為体が用いる情報操作の手法を複数の経路で記述している。第一に、法的・官僚的嫌がらせとの組み合わせによる評判破壊だ。回答者の3人に1人がスマーキャンペーンおよび虚偽の告発を経験しており、前回の23%から増加している。公的機関による情報隠蔽も19%(2023年)から25%(2026年)に増えた。第二に、ソーシャルメディアの国家監視との即時連動だ。インドの回答者は「何かを投稿すると警察がすぐ電話をかけてきて自宅を家宅捜索する。証拠を捏造され、デバイスを改ざんされうる。自分のデバイスが安全かどうかどうすればわかるというのか」と証言する。第三に、親政府ボットと実在ユーザーを組み合わせたハラスメントネットワークである。

 報告書は「戦略的コミュニケーションが国内向けプロパガンダとして、あるいは他国への分断目的のハイブリッド攻撃として、ジェンダー化された言説と偽情報を同時に使用している」と明示的に記述する。権威主義的指導者が反ジェンダー言説を用いてフェミニスト・LGBTQコミュニティという「共通の敵」を構築し、権力基盤を固めるというパターンは、複数の地域・政治体制にまたがって確認されている。


ジョージアにおける国家プロパガンダの解剖

 南コーカサスは今回の報告書が「最も急激に変化した地域」として独立節を設けて分析している。ジョージアでは2024年以降、立法上の権威主義化が異例のスピードで進行した。報告書がまとめた立法変化のタイムラインによれば、2024年に「外国の影響法」(国際資金の20%以上を受け取る市民社会・メディア団体を「外国勢力の利益を代行する組織」と定義)、LGBTQ+の教育・医療を制限する法律、選挙監視制限が相次いで導入された。2025年には個人をも標的にした「外国エージェント登録法」、反対政党の活動禁止を容易にする改正、市民社会の公的意思決定への参加義務付けの廃止、NGOへの外国資金受け入れに対する国家承認の義務化が加わった。報告書は「これらの法律はロシア、ベラルーシ、アゼルバイジャンで制定された法律を踏襲している」と指摘する。

 これらの法制度変化と並行して展開されたのが、フェミニスト活動家を「国民の敵」「外国エージェント」「子どもを持たない独身の落伍者で我々の未来を奪う者」と描写する国家プロパガンダだ。アムネスティ・インターナショナルの2025年報告(Georgia: From Insults to Assaults)は、女性抗議者に対する性差別的侮辱、性的暴力の脅迫、違法かつ屈辱的な身体検査が警察によって組織的に用いられていると記録しており、報告書はこれを裏付けとして引用する。

 アゼルバイジャンでは市民社会が事実上解体された。GONGOs(政府連携・管理型組織)が市民社会空間を占拠し、独立した活動家の大半が亡命・拘禁・沈黙のいずれかを選ぶ状況に置かれている。アゼルバイジャン出身の活動家Elmiraは「10年前の弾圧開始時、国際社会が聞いて行動してくれると思って露出を高めた。だが誰も助けに来なかった。それで希望を失い、回復力が弱まった」と証言する。


AIディープフェイクとデジタル攻撃の地域別パターン

 報告書は「AIが偽コンテンツ生成を誰でも可能にした」という一般論を超えて、地域・文脈ごとの具体的な攻撃手法を記録している。

 セルビアでは2024年11月以降の反汚職抗議運動に関連し、画像ベースの性的虐待が「政治的統制の戦略的手段」として機能している(出典:Balkan Insight、2025年8月)。ベオグラードの抗議活動中に上級警察官による暴行を申告した女性学生の未成年時の親密な画像が親政府メディアに流出した事例が代表例だ。セルビアの活動家・教育者Dejanaは「TikTok上に私がしたことも言ったこともないことをしている私のAI生成動画と写真があって、人々はそれを信じた。コメントしていたのは本物の人間だった。本当に怖かった数少ない経験の一つだ」と証言する。ボットについては「偽プロフィールが政府を支持して動いており非常に数が多い。質の面では最悪の嫌がらせは政府とその支持者から来る」と述べ、AIコンテンツと有機的ユーザーの混在という攻撃構造を描写する。

 インドでは、AIディープフェイク(性的な偽造画像を含む)への警戒に加え、投稿と同時に始まる警察の監視・家宅捜索という連動パターンが活動家の行動を抑制している。証拠捏造やデバイス改ざんのリスクも証言されており、デジタルセキュリティツールへの懐疑が根強い。

 南コーカサスでは、アブハジアの活動家がアカウントのハッキングや正体不明の番号からの電話を日常的に経験している。ある活動家は「会議の前には必ず参加者を確認する。自分の名前や所属組織を言えるかどうかを事前に判断しなければならない。あなたのインタビューを受けながらも、名前を明示されたくないと思っている」と述べている。

 シリアでは、政府批判と受け取られうるコンテンツを投稿すると性的な脅迫メッセージが殺到すると複数の回答者が報告している。ウクライナとジョージアでは社会的監視の恒常化が記述されており、レバノンのArazは「過去5年間ソーシャルメディアを開いていない。監視を逃れるためだけでなく、トラウマの引き金を引くコンテンツを避けるためでもある」と証言している。

 こうしたデジタル攻撃の増大にもかかわらず、69%という脅迫経験率は2023年比で5ポイント低下している。報告書はこれを「実際の脅迫減少」ではなく三つの要因の複合として解釈する。一つは活動家自身が取る予防措置(低プロフィール化・オンライン活動の縮小)、二つ目は「脅迫の正規化」(ウェスタン・バルカンの活動家は「ヘイトメッセージが40件は普通で100件になって初めて深刻に受け止める」と述べている)、三つ目は紛争激化地域での統計的特性(「活動に起因する」脅迫から一般的な紛争関連暴力への移行によりカウントから外れる)だ。


反ジェンダー運動の超国家的資金ネットワーク

 今回の報告書が情報操作研究の観点から注目すべきなのは、反ジェンダー運動の資金構造の記述である。欧州議会性・生殖権フォーラムの2025年報告によれば、2019〜2023年に欧州で反ジェンダー的アジェンダを持つ行為体に追跡可能な資金は11億8,000万ドルに達し、半額以上がEU内の組織から、残りがロシアと米国から流入しており、単一の最大資金提供国はロシアである。AWIDの2025年調査では、3つのグローバルな反権利行為体が、AWIDが調査した1,174のフェミニスト・女性権利組織の合計資金の2倍を受け取っていた。

 一方でフェミニスト側は深刻な資金枯渇に直面している。回答者の56%が資金削減を最大の障害と回答しており、女性権利組織の15%のみが「資金は十分」と答えたというAWIDの数字と符合する。2026年1月にトランプ政権が拡大したメキシコシティ・ポリシーは「ジェンダーイデオロギー」やDEIに関わる組織への米国資金提供を禁じており、対象は外国NGOだけでなく米国内組織とUN機関にまで及ぶ。資金削減はデジタルセキュリティへの投資を削る最初のコスト削減先になりやすく、攻撃能力の強化と防衛能力の縮小が同時進行するという非対称性が生まれている。

 反ジェンダー勢力のメッセージ戦略は地域ごとに最適化されており、研究者Saskia Brechenmacherの分析(2025年)によれば「欧米諸国では宇宙人的エリート主義への反発、グローバルサウスでは反帝国主義的メッセージ」として展開される。国際組織World Congress of FamiliesやCitizenGo、宗教権威、右派政治家、地元の政党・教会系活動家が超国家的ネットワークを構成し、「以前の10年よりも大胆で組織化され超国家的」と評されている。

 ボスニア・ヘルツェゴビナでは2024年1月、反ジェンダー組織が連名で家庭内暴力保護法案に「ジェンダーイデオロギーを導入する」として反対し、法案は廃案となった上に「性同一性」の語がレプブリカ・スルプスカの刑法から削除され、同エンティティのジェンダーセンターは改称された。言説的な情報操作が具体的な政策変化に帰結した事例として報告書は記録している。ボスニアでは反ジェンダー組織の半数以上が女性によって率いられており、女性がメッセンジャーになることで「女性の自然な役割」についての言説の正当性が強化されるという構造も分析されている。


プラットフォームのモデレーション後退と情報環境の変容

 MetaとXが2024〜2025年にヘイトスピーチ・事実確認・周縁化グループへの攻撃を監視するスタッフを大幅に削減したことについて、報告書は活動家の証言と接続して記述する(出典:BBC News、2025年1月7日)。Dejanaはトランプ就任式でテック系大富豪が背後に並ぶ映像を見て「OK、私たちは終わりだ」と感じたと述べており、報告書はこれをプラットフォームの保護機能縮小への構造的不安として位置づけている。

 プラットフォーム側の変化は二つの経路で活動家に影響を与える。一つは嫌がらせコンテンツへの対応速度・精度の低下であり、もう一つは活動家自身による利用抑制だ。多くの回答者がソーシャルメディアの使用を停止してオフライン戦略に移行したと回答しており、レバノンのArazのように5年間ソーシャルメディアを開かないという選択は珍しくない。シリアでは政府批判と受け取られうる投稿をするたびに性的脅迫メッセージが殺到するという経験から、多くの活動家がオンライン発信を自発的に抑制している。

 この動態は、コンテンツモデレーションの縮小が単にプラットフォーム上の有害コンテンツを増やすだけでなく、攻撃対象者自身の情報発信を萎縮させるという二段階の効果をもつことを示している。公共の情報空間からフェミニスト・クィア権利活動家の声が消えていく過程そのものが、情報操作の帰結として機能しているという構造が、報告書の記述から浮かび上がる。デジタルセキュリティツールへの投資が求められる一方で、資金削減によって組織がその投資を最初に削らざるを得ない状況に置かれているという逆説も、報告書が繰り返し強調する点だ。


言語空間の収縮:「言語の警察化」という情報操作手法

 報告書が記録するもう一つの情報操作手法は、言語空間の収縮である。「ジェンダー平等」「フェミニズム」「LGBTQ+」という語が政治的なリスクシグナルとなり、活動家・支援組織・国際機関が自己検閲するという現象が複数の地域・文脈で観察されている。

 北マケドニアの活動家Lenceは「15年以上ジェンダー平等について語ってきた。普通の言葉だった。だがここ2〜3年でジェンダー平等という言葉を使うこと自体が問題になった」と述べる。ボスニア・ヘルツェゴビナのDraganaは米国の助成機関から申請書内の「ジェンダー平等」の削除を要求されたと証言している。ウクライナの活動家は学校での性教育を推進するUNプロジェクトに携わっていたが、米国政府が連邦政策から特定の語を削除するよう求めた後、当該UN機関がプロジェクトへの関与を断ったと述べている。

 国連女性の地位委員会(CSW)の成果文書が「中絶」の言及を2017年頃から停止し、包括的性教育への言及が2018年以降大幅に変化したことも文献調査から引用される。コロンビアの活動家Katerinは「フェミニストだと名乗ること自体がリスクになった。10年前はそうではなかった」と述べ、中東・北アフリカの回答者は「フェミニズムという言葉が否定的な西洋的輸入品として嘲笑されており、自称することが今の地域では危険だ」と語る。

 報告書はこれを単なる語彙の変化として扱わない。資金獲得条件の変化、政策立案への参加機会の縮小、活動家の公的可視性の低下という実質的帰結を伴うものとして分析されており、言語の収縮そのものが反ジェンダー言説による情報操作の成果指標として機能しているという見方を示している。


報告書の射程と読み方

 本報告書はフェミニスト権利擁護の立場から生産されており、政策提言(ジェンダー平等規範の防衛、多年度コア資金提供、現地フェミニスト専門知識の政策設計への組み込み、保護メカニズムの強化)が調査分析と一体化した構成をとっている。国家行為体・反ジェンダー運動への批判は一次データに基づくが、攻撃者側の組織・手法に対する独立した技術的検証は含まれておらず、本報告書の知見は常に「標的側から見た情報操作の経験記録」として読む必要がある。反ジェンダー運動の資金規模に関するデータは欧州議会性・生殖権フォーラムやAWIDといった、同様に擁護的立場をとる組織の調査からの引用であり、独立した検証を経ていない点も留意が必要だ。

 一方で、偽情報研究の観点から本報告書が持つ独自の価値は、795件の一次データに「攻撃を受ける当事者の認知・行動変容・自己検閲のパターン」が81カ国・地域にわたって体系的に記録されている点にある。AIディープフェイク、ボットネットワーク、スマーキャンペーン、情報隠蔽、言語の収縮、プラットフォームからの撤退という一連のプロセスは、情報操作の「送信側」の技術分析としてではなく、「受信・被害側」に与える行動変容効果の証拠集積として読める。こうした需要側・被害側からの記録は、Graphika、DFRLabといった機関が生産する送信側分析と組み合わせることで、反ジェンダー言説を軸とした情報操作エコシステムのより完全な像を描くための補完的資料として機能する。

コメント

タイトルとURLをコピーしました