TikTokと北欧のメディアリテラシー──透明性報告の内実を読む

TikTokと北欧のメディアリテラシー──透明性報告の内実を読む 偽情報対策全般

 中国発のTikTokは、北欧でも急速に存在感を増している。スウェーデンでは成人ユーザーの39%、フィンランドで34%、デンマークでも28%が利用しており、若者にとってはニュースを含む主要な情報源となっている。一方で、デンマーク国防省やノルウェー議会、フィンランド議会は2023〜24年にかけて公用端末でのTikTok利用を禁止した。安全保障上のリスクとしての警戒と、若年層の情報消費プラットフォームとしての依存。そのギャップが北欧の情報空間に特有の緊張を生み出している。

 こうした状況で、EUはデジタルサービス法(DSA)の一環として「偽情報行動規範(Code of Practice on Disinformation, CoPD)」を2025年から「行動規範(Code of Conduct, CoCD)」として制度化し、TikTokを含む大規模プラットフォームに透明性報告を義務付けた。本来これは、ユーザー向けのメディア・情報リテラシー(MIL)施策やファクトチェックとの協力を文書化し、外部が検証できるようにする仕組みである。しかしNORDISの第5回ポリシーレポートが示すのは、その理想と実態との大きな乖離である。


北欧のリテラシー環境と市民の不安

 北欧は世界的に見ても「メディアリテラシー先進地域」とされる。学校教育の中に批判的思考や情報リテラシーが長年組み込まれており、各国の国際ランキングでも上位を占める。それでも、NORDISが2023年に行った調査では、デンマーク・フィンランド・ノルウェー・スウェーデンのいずれでも約6割が「偽情報にしばしば遭遇する」と答えた。さらに「真偽を自分で見抜ける」と自信を持つ割合は、デンマークとスウェーデンで50%、フィンランドでも70%にとどまる。

 つまり教育制度の充実と国民の不安は必ずしも一致していない。強固なリテラシー文化を持つ北欧でも、TikTokのような新興プラットフォームの影響は抑え切れていないのである。


TikTokの透明性報告とその数字

 TikTokは透明性レポートで、自らのメディアリテラシー施策を誇示する。例えばCOVID-19ワクチンに関する「動画タグ介入」では、2024年前半だけでデンマーク348万件、フィンランド370万件、ノルウェー388万件、スウェーデン1,108万件の「インプレッション(表示数)」があったとされる。しかしクリック数は数千件にとどまり、クリック率は0.24〜0.27%前後にすぎない。数字だけ見れば「何百万件の到達」と胸を張れるが、ユーザーの実際の関与はきわめて薄い。

 さらに問題は検証不能である点だ。外部研究者や市民社会がこれらの数字を確認する手段はない。プラットフォーム自身の自己申告に過ぎず、独立の裏付けが欠けている。しかも、同じキャンペーンについてTikTokが「80万インプレッション」と記す一方、パートナー企業Logically Factsは「900万ビューに達した」と発表しており、数値の乖離は一桁に及ぶ。どちらが本当なのか、外部からは知る術がない。


「選挙キャンペーン」の裏側

 北欧特化の活動として、TikTokは2024年前半にデンマーク・フィンランド・スウェーデンで選挙関連のメディアリテラシーキャンペーンを実施したと報告している。フィンランド大統領選に向けては、アプリ内に「Election Centre」を設置し、選挙情報や「フェイクニュースの見分け方」といったコンテンツを提供したという。

 だがこの取り組みも、実際の効果は不透明だ。TikTokの報告では検索で80万件のインプレッションにとどまる一方、外部記事では「開始から3週間で800万ビュー」と報じられる。さらに問題なのは、パートナーシップの記載の仕方である。TikTokは「フィンランドのメディアリテラシー団体 Mediataitokoulu」と連携したと書いているが、これは実際には団体ではなく、国の機関(National Audiovisual Institute)が提供する教材サイトである。協力関係があるかのような表現は誤解を招き、透明性報告として不適切といえる。


パートナー選定の不可解さ

 北欧にはNORDISという地域協働のファクトチェック・リテラシー組織が存在し、EUのEDMOとも連携している。それにもかかわらず、TikTokが北欧でのキャンペーンパートナーに選んだのはアイルランド登録の企業Logically Factsだった。レポートでも詳しい選定理由や協力の中身は明らかにされていない。結果として、地域の専門知とプラットフォームの施策が結びつかず、MILの強化にはつながっていない。


見えてきた構図

 このレポートが示すのは、次のような構図である。

  • 数字は大きく見せられるが、実際の効果はほとんどない
    数百万インプレッションでも、クリック率0.2%前後。表面的な「実績」。
  • 自己申告の不透明さ
    独立検証できない数字、乖離する報告。
  • 地域性の欠如
    北欧独自のリテラシー環境があるにもかかわらず、外部企業に依存し、誤解を招くパートナー表記。
  • 安全保障と世代間の断絶
    国家はTikTokを禁止し、若者はニュース源として依存する。ここに政策と利用現実の乖離がある。

まとめ

 EUの新しい規制枠組み(CoCD/DSA)は透明性と説明責任を求めている。しかしTikTokの北欧における報告を検討すると、その内容は曖昧で、外部検証を拒む姿勢が浮き彫りになる。北欧という「リテラシー先進国」においてさえ、プラットフォームの活動は実効性を欠き、利用者の不安は解消されていない。

 TikTokが北欧で示すMIL施策は、数字と事例を並べるだけで、実際の影響は見えてこない。国家と若者が真逆の立場をとる中で、この「見せかけの透明性」をどう扱うかが、北欧だけでなくヨーロッパ全体の情報秩序を考える上で重要な論点となるだろう。

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