「EcoBoost」— AIと偽情報が交差する新たな影響工作ネットワーク

　2025年3月4日、American Sunlight Project（ASP）は、環境や技術分野をターゲットとした新たな影響工作ネットワーク 「EcoBoost」 を明らかにするレポート「EcoBoost: A malign influence network targeting the environmental and tech sectors in Western democracies」を発表した。このネットワークは、AIを活用した大量の偽アカウントを通じて、環境保護を装いながら政治的分断を助長する活動を行っている。特に注目すべきは、ロシアの影響工作ネットワーク「Matryoshka」と類似した戦術を取りつつも、異なる政治的アプローチを採用している点だ。

　本記事では、ASPのレポートをもとにEcoBoostの特徴、手法、背景、そしてその影響について整理する。

EcoBoostとは何か？

　ASPによると、EcoBoostは 636のXアカウント から構成される影響工作ネットワークであり、国際機関、NGO、教育機関などの投稿に対してリプライを大量に投稿することで、あたかも「草の根の支持が存在する」かのように見せかける活動を行っている。

このネットワークの特徴として、以下の点が挙げられる：

AI生成のプロフィール画像を使用
自動化されたリプライによる影響工作
環境政策、AI、気候変動、自然災害といった話題に焦点
政治的に左右の対立を煽る内容を含む
多言語（英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、アラビア語など）で活動

　特に、AI生成のテキストを活用し、偽の個人的経験を語るような投稿（「I statements」）を多用する点が特徴的だ。

Matryoshkaとの類似点と相違点

　EcoBoostの手法は、2024年初頭に発見されたロシアの影響工作ネットワーク 「Matryoshka」 に似ている。Matryoshkaは西側メディアやファクトチェッカーに対してAI生成の偽情報を大量に送りつけ、「bog down（過負荷状態にする）」ことを目的としていた。

類似点：

自動化されたリプライ投稿戦術
AI生成のコンテンツの利用
政治的な分断を助長

相違点：

Matryoshkaは 反ウクライナ・反西側のプロパガンダ を中心としていたが、EcoBoostは 環境問題や技術分野 をターゲットにしている。
Matryoshkaは主に 保守派のターゲット に影響を与えようとしたのに対し、EcoBoostは 左派的な環境保護運動を装う ことで影響力を行使している。

　このように、EcoBoostは影響工作の新たな形態として、環境問題や技術政策を軸にして情報戦を展開している点で注目に値する。

EcoBoostの影響と懸念

　このネットワークが持つ最大の懸念は、偽の支持を演出することで世論を歪める点 にある。本来の環境保護運動とは異なり、EcoBoostの投稿は 分断を煽ることを目的としている ため、実際の政策議論や科学的議論に悪影響を与える可能性が高い。

　また、AI生成のアカウントと自動投稿を駆使することで、ソーシャルメディアプラットフォームの規制をすり抜け、長期間にわたり活動を継続できている点も問題だ。ASPの調査では、2024年6月から同年11月の米大統領選直前まで活発に活動し、一時休止後にCOP29（気候変動サミット）に合わせて再稼働している ことが確認されている。

　これは、影響工作ネットワークが 選挙や国際的なイベントに応じて活動を調整する ことを示しており、今後も同様の手法が使われる可能性がある。

EcoBoostの背後にある勢力

　ASPの調査では、EcoBoostの活動に ロシア語のプログラムコードが含まれていること や、ロシア語の翻訳ミスが投稿内に見られること から、このネットワークがロシア語圏の関係者によって運営されている可能性が高いと指摘されている。

一部の投稿には ロシア語の動詞「ложь」（嘘）がそのまま残っていた
プログラムコードにロシア語の記述が含まれていた
2024年8月に発生した ロシアの通信障害と同期して活動が停止 していた

　このことから、EcoBoostは ロシアの影響工作ネットワークの一部である可能性が高い と考えられる。

今後の課題

　ASPのレポートが示すように、影響工作ネットワークは日々進化している。特に、AIを活用した情報操作の高度化 は、従来のファクトチェックやプラットフォームによる監視だけでは対応が難しくなりつつある。

API制限の影響
ASPは、「ソーシャルメディア企業が研究者のデータアクセスを制限したことで、こうしたネットワークの発見が難しくなっている」と指摘している。影響工作の監視を強化するには、透明性の確保が不可欠である。
AIの規制と監視の必要性
EcoBoostのように AI生成のプロフィール画像や投稿を利用する偽アカウントの増加 は、AI規制の必要性を示している。特に、影響工作にAIが利用されるケースでは、プラットフォーム側の対応が求められる。
影響工作のパターンを理解する
EcoBoostは、「環境保護」というポジティブなテーマを利用して影響力を拡大している。これは、従来のプロパガンダとは異なる手法であり、今後は「どのようなテーマが利用されるのか」を継続的に分析する必要がある。