2025年9月にGDI(Global Disinformation Index)が公表した「State of Disinformation: Germany – June 2025」は、偽情報がどのように国内外で作られ、どのような形で流通しているのかを詳細に示している。単に「分断を煽る」という抽象的な指摘ではなく、記者への暴力件数、偽情報サイトの閲覧数、具体的な作戦名や政治家の発言などが記録されているのが特徴だ。
メディア環境と信頼の低下
ドイツの広告市場ではデジタル化が進み、2023年には134億ユーロ、広告全体の12.7%を占めるまでになった。新聞購読は2013年に63%だったものが、2024年には20%にまで落ち込んでいる。対照的に、SNS経由でニュースを得る割合は18%から34%に上昇した。公共放送ARDやZDFは依然として最も消費されるニュース源であり信頼も厚いが、全体としてのメディア信頼度は2015年の60%から2024年には43%まで低下した。こうした環境は偽情報の浸透を容易にしている。
報道の自由とジャーナリストへの攻撃
レポートによれば、報道の自由の指標は後退している。RSF(国境なき記者団)のランキングでは、ドイツは2025年に10位から11位へ。背景には記者への暴力件数の急増がある。2023年には41件だった暴力が、2024年には89件と倍増した。パンデミック期から攻撃は増加しており、オンラインでの嫌がらせも常態化している。さらに、連邦情報局法(BND法)の改正による監視の懸念が強まり、RSFとGFFが欧州人権裁判所に提訴する事態となっている。
国内アクターによる偽情報
AfDと極右ネットワーク
AfDは偽情報の主要な発信源であり、支持者によるオンライン拡散で影響力を高めている。2023年のポツダム会合では、AfD関係者と同一性運動などの極右グループとのつながりが確認された。AfDは「ドイツはもはや民主国家ではない」といった言説を流布し、国家による弾圧を訴えるナラティブを形成している。
BSW(ワーゲンクネヒト党)
BSWのサーラ・ワーゲンクネヒトは、2025年の連邦選挙について「多数の不正と不規則があった」と発言し、選挙の正統性に疑問を投げかけた。AfDと同様に、移民政策についても排外的な言説を展開している。
QuerdenkenとReichsbürger
反ロックダウン運動「Querdenken」はQAnonやReichsbürger思想と結びつき、国家不信を煽った。Reichsbürger/Selbstverwalterは国家の正統性を否定し、実際に連邦政府の転覆を計画したとして逮捕者が出ている。
流通するナラティブ
- 選挙関連:「ドイツは民主国家ではない」「国家はAfDを禁止しようとしている」。
- ヘイトスピーチ:2015〜2016年の難民危機やケルンの大晦日事件を利用し、移民と犯罪を結びつける言説が広がった。2021〜2023年にかけて反LGBTQIA+ヘイトクライムは270%増加。2024年のテロ事件後にはイスラム嫌悪犯罪も急増した。
- 陰謀論:コロナを「監視の道具」とする説、人口置換論、反ユダヤ的な国際エリート陰謀論。
- 環境政策:脱炭素政策を「中産階級を壊すもの」と描くナラティブ。高い電気代や産業空洞化への懸念が背景にある。
偽情報サイトの利用状況
偽情報サイトの規模は数字で確認できる。GDIの除外リストに載るサイト群は、2024年に合計36億回のページビューを記録し、月平均は3.3億に達した。2025年第1四半期には直帰率が59.7%から58.5%へと下がり、滞在時間も延びている。背景として、2025年の連邦選挙、米副大統領JD・ヴァンスのミュンヘン安保会議演説、2月のミュンヘン襲撃事件が挙げられる。GDIが追跡するドイツ語サイトは275あり、そのうち上位2サイトはそれぞれ1,100万以上の閲覧を獲得し、全体の6割以上を占めている。
法制度と規制
2017年のNetzDGは違法コンテンツの24時間以内削除を義務づけ、2019年にはMetaに200万ユーロ、2022年にはTelegramに500万ユーロの罰金が科された。2024年にはEUのデジタルサービス法(DSA)が国内法DDGとして施行され、BNetzAが監督機関となった。同年にZEAM(外国情報操作検知中央局)が新設され、リアルタイム対応が期待されているが、リソース不足が課題とされる。
外国勢力の関与
中国
- Paperwall作戦:100以上の偽ローカルニュースサイトを使い、親中記事を紛れ込ませた。
- China Reporterプロジェクト:在独中国大使が企業に対し、親中メディア事業への資金提供を求める書簡を送付。
- 新疆人権問題否認、国費ツアー後に親中発信を行った独インフルエンサーの例もある。
- 学術連携における軍民両用機関との関係や、記事体広告で報道と広告の境界を曖昧にする手法も記録されている。
ロシア
- RT Deutsch:EU制裁下でもミラーサイトやOdysee経由で配信を継続。
- Doppelganger作戦:主要紙を模倣する偽サイトを使いプロパガンダを拡散。
- Portal Kombat:Telegramや露メディアの記事を転載し、AI学習にも利用。
- Storm 1516(CopyCop):AI生成のドイツ語記事を用い、市民の信頼を侵食。
- 実際の攻撃事例として、ドイツ軍通信の盗聴流出、貨物便への攻撃計画、海軍艦艇の破壊工作が挙げられている。
トルコ
- 約300万人のディアスポラを基盤にDITIB(モスクネットワーク)、MIT(情報機関)、民族主義組織を通じて影響を及ぼす。
- TRT Deutsch・アナトリア通信は「西欧=イスラム嫌悪」という言説を発信。
- 2017年にはエルドアン大統領が在独トルコ人に「主要政党に投票するな」と呼びかけ、ドイツ政府から批判を受けた。
結び
このレポートには、AfDと極右運動の連携、ワーゲンクネヒトの選挙不正主張、Reichsbürgerのクーデター計画、36億回という偽情報サイトの閲覧数、中国のPaperwallやロシアのDoppelgangerとStorm 1516、トルコのディアスポラ動員といった具体的な事例が並んでいる。こうした記録からは、偽情報がドイツ社会の中でどのように作られ、増幅され、現実の暴力や社会的緊張に結びついているかを確認できる。
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