情報環境が作戦を縛る:『Tactical Lessons from Gaza』が描く並行戦場

情報環境が作戦を縛る:『Tactical Lessons from Gaza』が描く並行戦場 情報操作

 Henry Jackson Society(HJS)が公開した Andrew Fox の報告書『Tactical Lessons from Gaza』は、2023年10月以降のガザでの戦闘を、戦術・作戦の観点から章ごとに整理している。都市戦、地下網、兵站、情報収集・監視・偵察、ドローン、法務(武力紛争法の審査)、対外説明が互いに結びつき、現場の判断や行動の余地がどこで狭まり、どこで止まるのかを、事例と提言の形で積み上げる。章は大きく四つに分かれ、戦場の技術や戦術だけでは片づかない制約――民間人被害の扱い、国際的な評価、報道と情報環境との摩擦――を同じ線上に置いている。

 偽情報・情報操作も、その制約の束の中に入る。関心は、偽情報を分類することや、個別投稿の真偽を見分けることではない。民間人被害、報道アクセス、国際機関との食い違い、深層偽造、公開情報による検証、サイバー妨害といった要素が、戦闘と並行して作戦の選択肢を削り、行動のテンポを縛る領域として描かれる。情報環境は「周辺事情」ではなく、作戦が回るかどうかを左右する前提にまで入り込む。

民間人保護が「作戦条件」になる

 ガザでの戦闘は、民間人保護を避けて通れない論点として前面に押し出した。報告書は、居住地で戦う以上、民間人への影響が必ず生じるという前提を置いたうえで、非戦闘員の死傷やインフラ破壊が国際的な論争を生み、民間人被害が「戦争の評価指標」として流通する状況ができあがった、と述べる。民間人被害は「例外」ではなく、繰り返し可視化され、拡散され、国際的な評価の指標として作戦の余地を削っていくものとして扱われる。

 この状況に対する対応として、報告書はIDFが実施した避難警告を手段別に並べる。ビラの投下、SMSの一斉送信、電話による警告、特定地区から南部への移動の呼びかけ。これらが数十万規模の避難を促し、一定の生命保護につながった、という因果で語られる。ここで民間人保護は、理念の話にとどまらず、戦闘を続けるために必要な手続や準備として置かれる。

 同じ流れで、法務機能(軍法務官による武力紛争法の審査)の配置が取り上げられる。NATO諸国で一般的な「高級司令部での法務関与」と比べ、前線に近い位置で審査できることが、都市戦での標的判断の速さと質に影響する、という説明である。

 民間人と戦闘員の識別についても、ドローン監視や協力者ネットワークなど、複数の情報源を組み合わせる運用が挙げられる。病院などの施設が軍事利用されうる点にも触れ、誤爆・誤認が起こりうることを前提に、短い時間幅で情報を統合する能力を強化すべきだ、とする。例として、民間人の動線の把握、建物内の人の集中の検知、通信傍受などから用途を推定する、といった類いが挙げられる。ここで積み上がるのは、正しさの宣言ではなく、現場の判断を回すための条件である。

民間人被害が「語り」の中心になる

 民間人被害は、法や倫理の論点で終わらず、対外説明の中心になる。報告書は、敵対側が民間人の死を「虐殺」として強調し、誇張や演出を混ぜながら拡散する、と記す。問題になるのは、民間人被害が情報空間で再加工され、作戦の継続条件に変わっていくことだ。

 この前提のもとで、報告書は、民間人被害が連日の報道とソーシャルメディアを通じて即時に流通し、軍事的成果が政治的な余地へ転換される前に摩耗していく、という流れを置く。戦場で得た成果が、外交・同盟・国内支持に結びつくまでの途中で、情報環境が先に効いてしまう、という捉え方である。

情報領域が作戦の自由度を削る

 報告書は、どの語りが国際的な受け手に届き、世論を形づくるのか、という問いを立てる。そのうえで、情報を後回しにすると作戦そのものが傷む、と述べる。焦点は部隊の勝敗ではなく、情報環境が作戦の自由度をどう狭めるかである。ガザでは、情報面での対応が遅れることで軍事的な成功が相殺され、行動の選択肢が狭まる、という形で語られる。

 開戦直後に国際的同情がイスラエル側へ傾いたことを踏まえ、戦闘が進むにつれて破壊と民間人の苦痛の画像が流通し、多くの地域で世論が変化した、と時系列で述べる。ソーシャルメディアが影響を増幅する場になった、という見方がここに置かれる。ハマスおよび支持者は、抵抗と被害者性の枠組みで紛争を組み立て、未検証または虚偽の主張を流通させ、それが公式アカウントの反応速度を上回って拡散した、とされる。

 プラットフォームとしてTikTok、Instagram、Xが名指しされ、インフルエンサーが若年層の注意を獲得し、情動的な内容が速度と到達で優位に立った、という説明が続く。さらに、イスラエル当局者が、情報面での優位を初期に急速に失ったと認めた、という形で当事者の受け止めも引かれる。情報環境は雰囲気ではなく、作戦の余地を奪う制約として描かれる。

速さと正確さがぶつかり、信用が揺れる

 戦略コミュニケーションでは、速さと正確さ(そして信用)が衝突する。報告書は、西側軍の発信が多層の承認手続を経るため、ソーシャルメディアのテンポに合わない、と述べる。例としてアル・アハリ病院の爆発を挙げ、半日から一日ほど反応が遅れる間に語りが固まってしまう、という観察を置く。IDFが傍受記録などを1日以内に公開した判断は有効だった、という評価も記す。

 他方で、急いで出せばよいという話にはならない。迅速対応が裏目に出た例として、援助関係者の殺害をめぐるゴラニ旅団の初期説明が誤っていた件が挙げられる。急いだ説明が誤りを含めば信用を損ね、その後の発信が受け取られにくくなる。必要な局面ほど、遅れれば語りを奪われ、急げば信用を失う、という形で問題が語られる。

受け手が分かれ、同じ言い方が通らなくなる

 受け手は一つではない。イスラエルの「対テロ戦」という語りは西側で初期に強く共鳴した一方、グローバルサウスの一部や西側内部の特定層では、民間人被害の映像が別の解釈を呼び起こした、とされる。このギャップは、ロシアや非国家の過激派によって「西側の偽善」「残虐性」の証拠として増幅された、という形で第三者の介入も組み込まれる。

 そのうえで、報告書は、受け手に応じて説明の層を分ける必要を述べる。分析層には事実関係の説明、一般大衆には人間中心の物語、文化圏ごとには別の枠組み、という三層である。ロシアが紛争を反植民地主義の枠で語ることに一定の成功を収めてきた点を参照し、ハマスと同盟的言説がガザをポストコロニアルな被害者として描き、若年層とグローバルサウスで牽引力を得た、という観察を置く。NATOの将来コミュニケーションは「占領」という枠組みへの応答――なぜ占領ではないのか、敵の不正をどうすれば共感可能な形で示せるか――を迫られる、という形で一般化される。

深層偽造と視覚素材が運用課題として出てくる

 情報領域は語りだけで終わらず、技術の使い方として現れる。報告書は、視覚的な宣伝と深層偽造の広範な使用を挙げ、捏造画像・音声、他紛争の被害者写真の転用などが世論に影響したと記す。ここで強調されるのは、現象の指摘で止めず、対抗側に必要な能力を運用単位に分けて書く点である。

 提案は大きく二つに分かれる。第一に、拡散した画像を迅速に検証する公開情報ベースの能力であり、画像フォレンジックを即応で回すチームの整備である。第二に、本物の映像や資料を継続的に出し、偽物が支配する余地を狭める発想である。報告書は、イスラエルがドローン映像による精密攻撃を提示し、無差別爆撃という主張への反証材料を与えた例を置く。そこから、コックピット映像やボディカム映像も、機密と安全を損なわない範囲で対外説明を補強しうる、という話につながる。

国連・NGO・国際機関との食い違いが説明を難しくする

 戦時コミュニケーションは軍の説明だけでは完結しない。報告書は、軍の説明がNGOや国連報告と食い違う状況を取り上げ、政治的動機づけの可能性にも触れながら、同盟側はこの摩擦を前提として織り込む必要がある、とする。求められるのは、単なる反論ではなく、証拠・データ・照合の作業である。ある機関が死傷者数を報じたとき、根拠なしに否定するだけでは信用を減らす。自前データを出すか、差分を調整する作業が必要になる。ソーシャルメディア時代には難しく、場合によっては不可能だとしても、その困難そのものが作戦条件として描かれる。

報道アクセスの制限が疑念と誤情報を呼び込む

 報道アクセスと安全保障のトレードオフも、具体的条件で書かれる。イスラエルが戦時にガザへの独立取材を基本的に認めなかったことは、ジャーナリストへの強要・危害のリスクと、都市戦の不確実性を理由に説明される。ガザ全域を軍事的な危険地域とし、外国報道を含む民間人の安全を保証できない、という判断である。

 同時に、アクセス遮断は「隠している」という非難を呼び込み、誤情報の増殖を助け、敵対側の語りを利する、と報告書は述べる。そこで、限定的で制御されたアクセスという選択肢が提示される。事前審査や条件付きの同行取材といった形である。2004年のファルージャで米軍が部隊同行取材を行い、市街戦での配慮を可視化した例を引き、透明性が「隠していない」という信号になりうる、と位置づける。もちろん、カメラの前で不測事態が起きれば逆効果になりうる、というリスクも併記される。

 さらに、ジャーナリストが戦闘で死亡した際に「狙った」という告発が増幅される状況にも触れ、文脈を欠いた拡散や、ガザの「ジャーナリスト」の一部にテロ組織との結びつきがあるという主張も参照される。ここでは、報道アクセスの設計が、そのまま情報環境の設計に接続される。

報告書が挙げる運用上の要点

 報告書は、情報領域を扱うための組織と運用を項目として挙げる。

 第一に、即応チームの設置である。専任のソーシャルメディア・プレスチームに、迅速な声明・反駁を出す権限を持たせる。必要な人材像として、デジタル空間の文化と速度感を理解し、監視と対抗のための道具立てを備えることが挙げられる。

 第二に、説明の骨格を作り、受け手ごとに言い換えることである。戦う理由、法の遵守、敵が誰かという骨格を保ちつつ、受け手に合わせて表現を組み替える。多言語運用を回し、軍報道官が信用されにくい共同体には、受け手側で信用される人物や発信者を組み込む。

 第三に、証拠にもとづく発信である。たとえば「学校に武器があった」と主張するなら、ドローン映像や画像資料を、機密を調整したうえで提示し、受け手別の説明と組み合わせる。文字の声明だけでは足りず、一次性の高い視覚資料が説得力を持つ、という方向性である。

 第四に、政府全体の広報外交と軍の情報作戦の連携、国際機関との連絡、外部報告への応答の作法が挙げられる。誤爆が起きた場合の人道対応のメッセージを対立的にせず調整すること、外部の信頼できる報告を認め、その知見を取り込むことなどが書かれる。

 第五に、サイバー防護とメディア監視への投資である。ボットによる増幅、荒らし、公式チャネルへのサイバー攻撃を含めて情報領域を捉え、発信基盤の防護、感情の変化の計測、偽情報が伸び始めた段階での把握が求められる。敵の配信経路への介入にも言及しつつ、法的に微妙な領域を含むため政策・法務の審査が必要だ、という留保も付く。

偽情報が問題になる地点:作戦自由度と国際支持の連動

 この報告書で偽情報・情報操作が問題になるのは、道徳的な非難としてではなく、作戦自由度と同盟・国際支持が連動する地点である。報告書は、次の流れを一続きに描く。

・ソーシャルメディアの速度が承認手続を上回り、初動の空白が語りの固定を招く。

・急いだ発信は誤りを含みやすく、信用を損ねる。

・受け手が分かれており、同じ言い方が通らない。

・深層偽造や転用画像が視覚的な宣伝として運用される。

・国連・NGOなど外部報告との食い違いが説明の現場で噴き出す。

・報道アクセスの制限が隠蔽疑念を呼び、誤情報の増殖を助ける。

 ここで偽情報は、戦闘の結果(民間人被害や破壊映像)と結びつき、第三者(国家・過激派・インフルエンサー)によって再解釈され、作戦の継続可能性に作用する現象として位置づけられる。偽情報研究の観点で読む場合、焦点は「何が嘘だったか」よりも、速度環境のもとで信用を維持するために、どんな組織運用と証拠の出し方が必要になるか、という問題へ移る。

戦術・技術の議論が情報環境を補強する:ドローンの可視化と対ドローン

 戦術・技術の議論の中にも、情報環境に直結する要素がある。ドローンが高密度で投入された状況は、戦術論であると同時に、戦闘を可視化する装置としての側面を持つ。精密攻撃の映像は、無差別性の主張に対する反証材料になりうる。ここで問題になるのは、どの媒体(ドローン映像、コックピット映像、ボディカム映像)を、どの条件(安全保障上の限界、機密の調整)で出すかという運用である。

 また、対ドローンの仕組みが戦闘の構成要素となり、上空での干渉が地上部隊の安全や行動に影響する、という描写も続く。ドローンが「撮る」ことと「落とされる」ことは、戦闘の可視化能力と、その可視化をめぐる争奪を同時に含む。ここでも戦術と情報は同じ地平でつながっている。

まとめ:情報領域を作戦から切り離さない文書

 『Tactical Lessons from Gaza』は、情報領域を別枠の話として扱わず、戦闘と同じ線上で運用上の要点として並べている点にある。ソーシャルメディア、インフルエンサー、深層偽造、公開情報による検証、証拠提示、国際機関との照合、報道アクセスの設計、サイバー監視が、作戦自由度と信用維持に直結する要素として一続きに描かれる。民間人保護を作戦条件として置き、そのまま情報環境の話へつなぐ流れ自体が、情報を外側に追い出さない構成になっている。

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