Storm-1516:ロシアの情報操作セットが描く現代プロパガンダの実践構造

Storm-1516:ロシアの情報操作セットが描く現代プロパガンダの実践構造 情報操作

 2025年5月にフランス政府の対外情報操作監視機関VIGINUMが公開したレポート「Analysis of the Russian information manipulation set Storm-1516」は、ロシアから発信された広範な情報操作活動の技術的・組織的実態を詳細に分析したものである。本稿では、同報告書の中身を踏まえ、現在進行形の情報干渉技術の最前線を記録として残す。

概要:Storm-1516とは何か

 Storm-1516は、ロシアから西側諸国に向けて展開されている情報操作(Information Operations)の連続的枠組=IMS(Information Manipulation Set)の一つであり、2023年8月に活動が確認されて以降、2025年3月までに77件の情報操作事例が記録された。Microsoftはこのアクターを「Neva Flood」と命名している。

 VIGINUMは、この活動がウクライナ支援の停止、欧米民主主義への不信拡大を目的としており、さらに他のロシア起点のIMS(Lakhta、Doppelgängerなど)と戦術的・人的に連動していると結論づけている。

標的とされた3つの軸

1. ウクライナの信用失墜

 Storm-1516の約半数の操作は、ウクライナ政府、特にゼレンスキー大統領個人を中傷するものであった。代表的な偽情報には以下が含まれる:

  • 母親がエジプトの高級別荘を500万ドルで購入した(虚偽報道、のちに「暗殺された」とされる兄弟によって再利用)。
  • ゼレンスキーと側近が「パンドラ文書」に言及される形で西側援助を横領し、ヒトラーの自動車、ゴッベルスの邸宅、豪華ホテルを購入。
  • オレーナ・ゼレンスカがフランス訪問中にBugatti車(450万ユーロ)を購入したとする偽請求書(PDF)を拡散。

2. 欧米選挙と制度への干渉

 Storm-1516は、特に選挙前の不安定化を狙い、欧州(仏独)・米国において20件以上の選挙妨害操作を行った。

  • フランス2024年総選挙では、「Ensemble-24.fr」という偽サイトが作成され、「100ユーロのマクロン投票ボーナス」が提示される。
  • 米大統領選2024では、ハリス副大統領候補に関する性的暴行疑惑(ディープフェイク映像)、民主党による投票用紙破棄、CIAのトロール工場などが主張された。
  • ドイツ連邦選挙では、緑の党候補ハーベックが「ケニア人190万人の導入を画策」といった移民不安を煽る偽情報が拡散。

3. ロシア反体制派への攻撃

 ナワリヌイの死後には、FBKのレオニード・ヴォルコフやナワリナ夫人を対象とした操作が集中。ヴォルコフには、ウクライナ避難民の人身売買や過去の同性愛スキャンダルが捏造された。

コンテンツの生成と操作技術

 Storm-1516の特異性は、コンテンツ生成・演出の多様さにある。

  • AIによるディープフェイク音声・映像:ハリスやオバマに関する「盗聴音声」などが合成され、実在しない会話を提示。
  • 俳優の起用:アマチュア役者による告発者や偽記者が演出され、本人のプロフィール(SNS履歴や言語)も事前に構築される。
  • 画像・文書の捏造:請求書、新聞記事、SNS投稿などが捏造される(HTML編集なども使用)。

拡散構造:CopyCopと情報洗浄

 初期の配信は「使い捨てアカウント」から行われたが、次第に以下のような複層的構造が取られるようになった:

CopyCopネットワーク

 John Mark Dougan(ロシア亡命中の元警官)が運営する偽ニュースネットワーク。2024年以降、300近いドメインで運用され、AIで再構成された記事が各国向けに配信される。特定の事例(Ensemble偽サイト、Zelensky高級ホテル購入疑惑など)専用にドメインが登録されている。

情報洗浄(Content Laundering)

 ケニア、ナイジェリア、エジプトなどのメディアに有償で「第三者」起点の形で偽情報を掲載し、元情報の“出所”を隠す。例:

  • ナイジェリア「Daily Post」で性接待疑惑記事を掲載→SNSで拡散。
  • ケニア「Tuko」での人口流入記事(後に「sponsored」表示判明)。

増幅と相乗効果

  • Lakhta系アカウントDoppelgängerによる拡散。
  • BJA(BRICSジャーナリスト協会)所属メンバーによる多言語同時拡散。
  • 偽の告発者がRedditやYouTubeコメント欄でも反応を演出。
  • SNS広告(Xのスポンサー投稿)も使用。

組織的背景と構造的連携

John Mark DouganとCopyCop

 Douganは、元米警官であり、2016年にロシアへ亡命。自身のプロジェクト「CopyCop」は初期はAI生成ニュースサイト群に過ぎなかったが、2024年からは選挙・対外工作に特化。GRUやCGEとの連携が指摘されている。

Project Lakhtaとの連携

 Storm-1516は、元IRAの資産や人脈を受け継ぐLakhtaプロジェクトと技術的・戦術的に重なる。以下の点で連携が示唆される:

  • コメント欄での偽情報拡散(Lakhtaの定番手法)。
  • アフリカ諸国のメディア購入(Lakhtaも同様の事例を複数持つ)。
  • 同一IPやホスティング業者の使用。

ドゥーギン系(CGE/Korovin)の関与

 CGE(地政学専門センター)は、元々ドゥーギンのシンクタンク。Korovinは2024年末に米財務省から制裁を受けており、GRU将校Yury Khoroshenkyとの関係も報告されている。CopyCopとCGE、さらには中国企業やFidel Castro財団までもが同一住所(モスクワ中心部)に集約されていることが確認されている。


評価と展望

 Storm-1516は、もはや「誤情報投稿の連続」ではなく、分業化された諜報・広報ネットワークとして機能している。その特異性は次の三点に集約できる。

  1. 「第三者性」を装う分散型拡散モデル(地理・言語の分散)
  2. 技術的多層構造と人的連携の混合型IMS
  3. 既存IMS(Lakhta、Portal Kombat)との横断的ネットワーク接続

 この構造は、単に事実検証やプラットフォーム規制で対応可能な範囲を超えている。今後は、IMS横断の連携構造に注目する調査枠組の再設計が不可避となるだろう。

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