ヨルダンのデジタル空間における宗教的排除言語の構造——ISD「Online Othering」レポート分析

ヨルダンのデジタル空間における宗教的排除言語の構造——ISD「Online Othering」レポート分析 ヘイトスピーチ

 本稿が取り上げるのは、Institute for Strategic Dialogue(ISD、ロンドン拠点。過激主義・偽情報・オンラインヘイトを専門とするシンクタンクで、アムステルダム、ベルリン、ワシントンDCなどにも拠点を持つ)が2026年2月に公表した報告書 Online Othering: Religious and Sectarian Intolerance in Jordan’s Digital Sphere である。欧州連合の資金援助のもと、ヨルダン拠点のNPOであるSaba HamletおよびIDARE(Institute for Sustainable Development)との共同実施。

 本報告書はISDがヨルダンのオンライン分極化を分析するシリーズの第3弾に位置づけられる。第1弾が女性嫌悪言説、第2弾がナショナル・アイデンティティを対象としており、今回はヨルダンのソーシャルメディア上における宗教・宗派的ヘイトスピーチおよびオタリング(他者化)言語を体系的に記録している。分析対象はヨルダン国内の人口構成を反映した宗教・宗派——スンニ派・シーア派・アラウィ派・ドゥルーズ派・キリスト教・バハイ教・スーフィー——であり、これらに向けられた言語的暴力の種別・頻度・文脈を実証的に示している。


調査対象と方法論

 データ収集の主軸はXへのBrandwatchクエリである。ISDアナリストはまず宗教・宗派的言説における支配的ナラティブと主要テーマを特定し、それに基づいてスラー・侮辱語・排除的表現を網羅したキーワードセットを構築・反復的に精緻化した。Xからのデータ収集はジオロケーションフィルタリングによってヨルダン国内発信コンテンツのみに限定し、2024年9月〜2025年9月の1年間で3,430件の投稿・コメントを取得した。収集されたすべての投稿はISDの分類枠組みに従い手動でフィルタリングされ、ヘイトスピーチとエッジケースに区分された。

 ISDの定義では、ヘイトスピーチとは「人種・民族・性的指向・ジェンダー・宗教等を根拠に個人またはコミュニティを非人間化・悪魔化・脅迫・暴力扇動しようとするコンテンツ」を指す。エッジケースはその閾値に達しないものの他者化・侮辱・貶めの要素を含む投稿として定義される。YouTubeでは補足的な民族誌的調査を実施し、公開チャンネル・投稿・コメントセクションを対象にパターンを記録した。ただしYouTubeはコメントのジオロケーションをサポートしないため、ヨルダン国内発信か否かの確証は得られず、複数のMENA諸国の方言が混在していることがアナリストによって確認されている。この点は本研究の方法論的限界として明示されている。


データ全体像:3,430件の内訳

 取得した3,430件の投稿・コメントのうち、ISDのヘイトスピーチ定義を満たすものは7.3%(250件)、エッジケースは16%(550件)、いずれにも該当しないものが76.7%を占めた。宗派別の出現頻度は、シーア派関連が35.8%と最多であり、イスラム/ムスリム(一般)が27.6%、スンニ派が20.3%、ドゥルーズ派が6.6%、キリスト教が5.8%、アラウィ派・バハイ教・スーフィーが合計4%と続く。一部の投稿は複数の宗教・宗派に言及しており、集計上の重複が生じている点に留意が必要である。

 ヘイトスピーチ250件を宗派別に分解すると、シーア派が60%、ドゥルーズ派が18%、スンニ派とキリスト教がそれぞれ10%、ムスリム一般が2%、アラウィ派とスーフィーが各0.8%、バハイ教が0.4%という構成となる。エッジケース550件では、シーア派への集中が一層顕著であり76%を占め、ドゥルーズ派が10.7%、スンニ派が4.5%、ムスリム一般が3.1%と続く。


シーア派:最大標的の言説構造

 シーア派関連投稿は1,227件(全収集データの35.7%)に達し、単一宗派としては最大の分析対象となっている。このうちヘイトスピーチ基準を満たすものが12%、エッジケースに分類されるものが34%を占め、合計46%の投稿が何らかの敵対的・排除的言語を含んでいた。

 エッジケースとして分類された投稿群は、dog(كلب)、pig(خنزير)、impure(نجس)、filthy(قذر)といった語彙を頻繁に使用していた。ヘイトスピーチに分類された投稿群はさらに「殺せ」「虐殺」「焼き払え」「絶滅」といった暴力扇動語彙を含み、シーア派ムスリム全体の存在を標的とする明示的脅迫の形を取った。

 言説の構造として際立つのは、神学的排除から暴力的表現への段階的移行である。多くの投稿はまず、初期イスラムにおける預言者ムハンマドの後継者争いを根拠にシーア派の歴史的正当性を否定し、その信仰を「正統」イスラムからの逸脱として位置づける。次にkuffar(不信仰者)やmushrikeen(多神論者)というイスラム神学上の重要な概念を適用することで、シーア派をイスラムの境界外に象徴的に追放する。この神学的排除の論理は、その後の暴力的表現を正当化する基盤として機能している。「彼らの血はハラールだ」という定式は、宗教的制裁の言語によって殺傷を正当化しようとする典型的な表現であり、報告書はこれを神学的断罪と物理的暴力扇動の境界が溶解している事例として記録している。

 特徴的な侮辱語彙として繰り返し登場するのがmajus(مجوس、本来はゾロアスター教徒を指す語だが、シーア派をイスラム以前のペルシャ信仰の信徒として描くために誤用される)と、zindiq(زنديق、異端者・偽善者を意味する歴史的用語)である。これらの語彙はシーア派をイスラムにおける宗教的不純物・道徳的腐敗・正統への背信として描く記号体系を形成している。また、rawafed(رافضة、「拒絶者たち」の意。シーア派への蔑称)もデータ全体を通じて確認された。シーア派とアラウィ派・ドゥルーズ派への敵意が重複する投稿も複数存在し、「非スンニ派全体」を同質的な敵として括るフレーミングが観察される。


ドゥルーズ派:地域紛争との連動

 ドゥルーズ派関連投稿は226件で、そのうち20%がヘイトスピーチ基準を満たし、26%がエッジケースに分類された。全収集データとの対比では出現件数は6.6%に過ぎないが、ヘイトスピーチ率は全宗派中最高水準であり、絶対数を超えた高密度の敵意が集中している。

 ドゥルーズ派を標的とする言説の特徴は、神学的排除とゲオポリティカルな裏切り者フレーミングの複合にある。7%の投稿がドゥルーズ派をkuffar・mushrikeenと断じており、シーア派への言説と同様に「血はハラール」「虐殺されるべきだ」という暴力扇動表現が後続している。一方で、「シオニストの犬」「イスラエルのエージェント」「裏切り者」という政治的排除語彙は、神学的排除とは異なる論理系を構成する。イスラエル政府が占領地・シリアのドゥルーズ派コミュニティへの支援を繰り返してきた経緯が、この語彙の背景にある。

 報告書が記録した重要な時系列上の連動として、2025年7月のスウェイダ事件がある。シリア南部スウェイダ県でドゥルーズ派民兵とベドウィン部族民兵の間で激烈な宗派暴力が発生し(きっかけはドゥルーズ派商人の拉致)、この事件を境にヨルダンのX上でのドゥルーズ派標的ヘイトスピーチが顕著に増加した。ISDの分析は、この事件が既存の宗派的ナラティブと恐怖感を増幅させ、オンラインオーディエンスをより反応的・敵対的にした点を明確に示している。また、シーア派・ドゥルーズ派とユダヤ人を「スンニ派への共通の敵」として同一視するフレーミングも複数の投稿で観察されており、反ユダヤ主義的言説との交差構造が形成されている。


アラウィ派:シリア政変の残響

 アラウィ派は106件の投稿で言及され、全収集データの3%を占める。ヨルダン国内でアラウィ派は公式に認定された宗教集団ではないが、シーア派の広義の分類に含まれるため分析対象に加えられた。データ上の相対的な可視性は、旧シリア・アサド政権のアラウィ派的性格に起因しており、ヨルダンのソーシャルメディアにおけるアラウィ派への言及はシリアの政治文脈と強く結びついている。

 ヘイトスピーチに分類されたのは全アラウィ派関連投稿の1.9%で、その内容は「絶滅」を求める明示的な要求を含んでいた。エッジケースは3.7%であり、takfir(不信仰宣言)、kuffar・mushrikeen・zanadiq(zindiقの複数形)の適用が主要パターンである。「ドゥルーズ派とアラウィ派を一匹も生かすな」という文面の投稿が記録されており、これら二集団が同一の排除ロジックのもとで標的化されている構造が確認できる。


スンニ派:多数派が標的になる構造

 スンニ派を含む697件の投稿のうち、ヘイトスピーチが4%、エッジケースが4%というのは他宗派と比較して低水準であり、スンニ派がヨルダンの人口的多数派であることと整合する。しかしその内容には注目すべき言説パターンが存在する。スンニ派標的のヘイトスピーチの多くは「大半のテロリストはスンニ派だ」という命題を中心に構成されており、スンニ派イスラム主義テロ組織の統計的優位性を根拠にする。FONDAPOL(フランスの政策革新財団)の2019年研究によれば1979〜2019年のイスラム主義テロ攻撃の55.4%がスンニ派組織によるものであり、この統計がそうした言説の参照点となっている構造をISDは指摘している。

 より特徴的なのはスンニ派ユーザー自身による「被害者意識」の言説である。シリアの政治的不安定を文脈とした「スンニ派の虐殺は黙殺される」という認識が複数の投稿に登場し、国際社会がスンニ派犠牲者より少数派(とりわけ2025年7月のスウェイダ事件後のドゥルーズ派)の死に敏感に反応するという不公平感が表明されている。この言説はデータ全体の中ではエッジケースとして分類されているが、シーア派・ドゥルーズ派への敵意の認識的基盤として機能している可能性がある。


キリスト教:ヘイトスピーチがエッジケースを上回る唯一の事例

 キリスト教関連では計200件の投稿が収集され、そのうちヘイトスピーチは12%、エッジケースは8%という構成となった。本報告書においてヘイトスピーチ比率がエッジケースを上回るのはキリスト教のみであり、この逆転は分析上注目に値する。

 収集語彙には「Christ」のアラビア語変形に加え、Nasrani/Nasara(نصراني・نصارى)および十字軍(صليبي・صليبيين)が含まれる。Nasraniはクルアーン由来の「キリスト教徒」を意味する語だが、現代の宗派的・過激主義的言説では侮辱的・排除的な含意を帯びて使用される。十字軍という表現は、欧州キリスト教による対ムスリム軍事侵攻の歴史的記憶を喚起する高度に政治化された語彙であり、当該コンテキストにおいて強い敵意を付帯させる。

 ヘイトスピーチの多くはtakfirの適用——キリスト教徒をイスラムの不信仰者として宣言すること——および死者への哀悼・祈りをキリスト教徒に向けることの宗教的許容性をめぐる神学的論争を中心に展開している。後者の事例として報告書が詳述するのが、シリーン・アブ・アクレー事件である。パレスチナ系アメリカ人のキリスト教徒ジャーナリストであり、アルジャジーラの報道で広く知られたアブ・アクレーは2022年5月11日、ヨルダン川西岸ジェニン難民キャンプでのイスラエル軍作戦取材中に死亡した(複数の独立調査がイスラエル兵による射殺の可能性を結論づけている)。彼女の死を受けてXでは、キリスト教徒である彼女の魂への祈りが宗教的に許容されるか否かをめぐる激しい論争が勃発した。「カーフィル(不信仰者)であり地獄行きだ」と断言する投稿が複数記録されており、一部はシーア派との比較論法を用いてキリスト教徒への連帯表明を批判した。また多くの投稿でNasraniとイスラエル・シオニスト・ユダヤ人という語が並置して使用されており、キリスト教とユダヤ教を区別しない、あるいはその区別を意図的に無効化するフレーミングが観察される。


バハイ教・スーフィー:周縁化された少数派

 バハイ教はデータ全体でわずか8件の言及にとどまり、そのうちヘイトスピーチが13%、エッジケースが50%という構成となった。件数の小ささにもかかわらずエッジケース率が突出しており、標的化の強度が件数に比例しないことを示している。投稿はバハイ信仰の創始者バハウッラーの長男アッバース・エフェンディへの言及を含み、「豚」「犬」といった脱人間化語彙を用いた攻撃が記録された。

 スーフィーは21件の言及のうち10%がヘイトスピーチ、33.3%がエッジケースという分布であり、適用される語彙はkuffar・mushrikeen・zanadiqと他宗派と共通している。「神が彼らを呪いますように」という断罪表現も複数記録されている。スーフィーもバハイ教も絶対的なデータ量は限られているが、適用される排除語彙のパターンは他宗派と構造的に同一であり、「スンニ派正統」の内外を画する言語システムが集団横断的に機能している実態を示している。


地域紛争と言説増幅の構造的連動

 本報告書の分析上の核心をなす知見の一つは、ヨルダンのオンライン宗派的敵意が時間的に均等に分布するのではなく、地域の政治的事件に強く連動して急増するパターンを示す点である。ISDが特定した主要なトリガーイベントは以下の通りである。

 2024年9月のイスラエルによるハッサン・ナスラッラー暗殺(ヒズボッラー指導者)はシーア派標的の言説を急増させた。2025年6月のイスラエル・イラン軍事緊張もシーア派・アラウィ派への敵意を増幅させる契機となった。2025年7月のスウェイダ暴力事件——ドゥルーズ派民兵とベドウィン部族民兵の衝突——はドゥルーズ派に向けられたヘイトスピーチとエッジケースを顕著に増加させ、「ドゥルーズ派への同情は裏切りだ」という言説が急速に拡散した。

 このパターンが示す構造的含意は、ヨルダン国内の宗教的多様性の実態よりも地域紛争の地政学的フレームがオンライン言説を規定しているという点である。ヨルダン国内のシーア派コミュニティの規模は限定的であるにもかかわらず反シーア言説が全収集ヘイトスピーチの60%を占めるのは、当該コミュニティへの直接的な対人的緊張ではなく、イラク・シリア・イランをめぐる地域的ナラティブが媒介となっている結果である。報告書はこれを「宗派的言説が地域的ダイナミクスを反映しており、ローカル人口の構成を反映していない」と定式化している。


プラットフォームへの含意と報告書の勧告

 ISDが提示するプラットフォーム向け勧告の中で実務的に重要なのは、ヨルダン方言を含む地域アラビア語方言への自動モデレーションシステムの適応と、アラビア語コンテンツを言語別・方言別に細分化した透明性報告の義務化である。現状では、地域的スラング・コード化された表現・文化的に特殊な参照が自動検出を回避しており、アラビア語圏の文脈を熟知した人間モデレーターによる補完が不可欠であるとされる。Xに対しては特にヨルダン方言に対応した詳細な透明性報告の公表が求められている。

 ヨルダン政府・市民社会向けには、デジタルシティズンシップ教育の学校カリキュラムへの統合——ヨルダンスラングで使用されるコード化された表現(「اللطامين(胸を打ち叩く者たち)」といったシーア派への婉曲的蔑称を含む)の識別教育——、電子犯罪ユニットの機能強化、宗教機関・青年組織・メディアを横断する共同イニシアティブの推進などが勧告されている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました