Asia CentreとInternational Media Supportが発表した報告書『Climate Disinformation in Cambodia: Undermining Indigenous Peoples’ Agency』は、気候変動対策の名の下に流布される偽情報が、カンボジアの先住民族の暮らしと権利をどのように脅かしているかを徹底的に分析している。表向きは「成功物語」として喧伝される開発プロジェクトの背後で、現地の人々はどんな代償を払わされているのか。本稿ではレポートの全体像を紹介する。
先住民族と気候変動の影響
カンボジアには24の先住民族グループが存在し、人口の約3%を占める。特に北東部のラタナキリ、モンドルキリ、クラチェは彼らの主要な居住地だ。農業従事率は9割を超え、焼畑農業や森林資源への依存度が高い。気温上昇や干ばつ、降雨の変動は農業を直撃し、生活の不安定化を招いている。
同時に森林破壊は加速している。2002年から2024年にかけて一次林カバーは約30%失われた。経済土地コンセッション(ELC)がその中心的要因で、210万ヘクタール以上が国内外300近い企業に与えられてきた。憲法や森林法、土地法、さらにILO条約や国連先住民族権利宣言など国際的枠組みで権利は保障されているものの、実際には権利行使が阻まれている。
偽情報の類型
レポートは、カンボジアで確認される気候偽情報を四つに分類する。第一に政府寄りの一方的言説。第二に実効性のない「偽の解決策」。第三に企業のグリーンウォッシング。第四に森林破壊の否認だ。これらは単なる誤情報ではなく、先住民族の土地や資源を奪うための正当化装置として機能している。
ダム開発の「クリーンエネルギー」神話
水力発電は「再生可能でクリーンな解決策」として語られる。しかし実態は真逆だ。ロウワー・セサン2ダムはその象徴である。メコン川支流に建設されたこのダムにより、約5,000人が移転を迫られた。補償は多くのケースで農地を含まず、生活再建には程遠い。土地は祖先の墓地や神聖な森を含むため、金銭補償を拒否する住民も少なくなかった。
漁業への打撃も深刻で、魚種の回遊が阻害され、食料安全保障と収入が脅かされている。にもかかわらず広報では「持続可能な電力供給」「国民の利益」といった肯定的な表現ばかりが流布され、先住民族の声は消されている。さらにタタイやスレポック3など、他のダム計画でも同じ構図が繰り返される恐れがある。
植林事業のグリーンウォッシング
Think BioTech社の事例は、森林保護を装った収奪の典型だ。2019年に韓国資本から台湾資本に移ると、大規模伐採が加速したとされる。公式には「植林による環境改善」と説明されるが、衛星画像では保護区を含む大規模森林喪失が確認されている。政府の調査は「不正なし」と結論付けたが、国際的な環境団体は違法伐採の可能性を報告。企業は一貫して否定するが、実際に先住民族は森林資源を奪われ、生計手段を失っている。こうしたねじれた構図こそがグリーンウォッシングの実態だ。
FPICの形骸化
本来、こうした開発には先住民族の自由意思による事前同意(FPIC)が不可欠である。しかし、実態は形式的な説明会で「合意」が取り付けられ、土地権の細分化が共同体を分断している。土地所有権を得られた世帯とそうでない世帯の間に不平等が生まれ、コミュニティの発言力が弱められている。
メディアと情報の不均衡
カンボジアのメディア環境も偽情報の温床になっている。テレビやラジオは政府寄りの報道に偏り、ダムや企業活動を肯定的に描くことが多い。SNSは表面的には多様だが、アクセスや言語の壁が大きく、先住民族が自らの立場を発信する手段にはなりにくい。結果的に、偽情報が一方的に流布され、対抗言説が届かない構造が固定化している。
偽情報がもたらす四重の影響
報告書は、偽情報が先住民族に与える影響を四つに整理する。
- 情報アクセスの制限による脆弱性の拡大。
- 偽の「解決策」による土地・資源収奪の正当化。
- 政府寄りの言説が強制されることで反対運動の圧殺。
- 環境活動が犯罪視されることによる権利活動の萎縮。
こうして偽情報は、単に誤解を生むだけでなく、権力の不均衡を制度化する役割を果たしている。
提言と今後
レポートは、国連や政府、国際NGO、メディア、テック企業、先住民族自身に向けて具体的な提言を行う。現地言語による情報発信の強化、偽情報の監視・報告体制の確立、土地権の透明性確保、環境活動の権利保障など、多層的な改善策が示されている。
結論として報告書は、カンボジアの気候偽情報が単なる情報操作ではなく、先住民族のエージェンシー(自己決定権)を根底から侵食するものであると強調する。開発の「成功物語」の裏側を直視することが、持続可能な未来を語る前提条件だと訴えている。
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