ブリュッセルを拠点に偽情報を調査する非営利団体EU DisinfoLabは2026年10月16日、Comparative analysis of EDMO BELUX 1.0 and BELUX 2.0 factchecks(PDF)を公表した。対象は、欧州委員会が資金を出す偽情報対策網EDMO(European Digital Media Observatory)の地域拠点のひとつ、ベルギー・ルクセンブルク拠点(EDMO BELUX)が2021年12月から2025年10月までに公開したファクトチェック記事1,352件である。EDMO BELUXは2021年、ブリュッセル自由大学(VUB)を調整役とし、サン・ルイ大学ブリュッセル、メディアリテラシー機関Mediawijs、RTL、AFP、EU DisinfoLab、Athens Technology Centerなどで発足した事業体で、2024年からは欧州デジタル計画の補助金(協定番号101158785)による第2期「EDMO BELUX 2.0」に移行した。報告書の作成者であるEU DisinfoLab自身が拠点の構成団体であり、本書は外部評価ではなく、事業内の作業項目として拠点の成果物を自己点検した文書である(PDFのファイル名が「T5.2」という作業番号を含む)。また、同団体はロシアの偽ニュースサイト網「Doppelgänger」の暴露などで知られる一方、プラットフォーム規制の強化を一貫して主張してきた立場にある。分析対象の終点(2025年10月)から公表まで約1年の間隔がある点も前提として押さえておく必要がある。
データセットと分析枠組み
対象は、AFP、RTBF(ベルギーのフランス語圏公共放送)、RTL Luxembourg、DPA(ドイツ通信社)の4機関が拠点経由で公開したファクトチェックの全件である。各記事は各社の自社サイトにも掲載されている。期間は拠点自身の2つの実施期に従って区切られており、分析上の都合で設定した境界ではない。
| 区分 | 期間 | 日数 | 件数 | 月平均(筆者計算) |
|---|---|---|---|---|
| Belux 1 | 2021年12月9日〜2024年3月31日 | 844日 | 1,009件 | 約36件 |
| Belux 2 | 2024年4月2日〜2025年10月24日 | 571日 | 343件 | 約18件 |
報告書は件数の違いを期間の長さと範囲の差として扱うにとどめているが、月あたりの公開ペースで見ると第2期は第1期のほぼ半分である。なお第1期発足時、拠点は5言語で800件のファクトチェック公開を目標に掲げていたが、実績はこれを上回った。
コーディング手順は二段階である。まず、各記事に登場する人物・組織・プラットフォームを本文から自動抽出した(使用ツールは明記されていない)。次に、各記事を10の主題カテゴリのいずれか1つへ、最も顕著な主題に基づいて人手で割り当てた。外国政治とジェンダーの双方にまたがる記事のようにナラティブは実際には重なり合うが、集計の便宜上カテゴリは相互排他的として扱われ、その単純化は明示されている。割り当ては人手で相互確認された。
言語構成の変化と翻訳重複の問題
| 言語 | Belux 1 | 構成比 | Belux 2 | 構成比 |
|---|---|---|---|---|
| フランス語 | 285 | 28.2% | 133 | 38.8% |
| ルクセンブルク語 | 245 | 24.3% | 150 | 43.7% |
| 英語 | 178 | 17.6% | 6 | 1.7% |
| オランダ語 | 151 | 15.0% | 0 | 0% |
| ドイツ語 | 150 | 14.9% | 54 | 15.7% |
報告書はこの分布を、地域の多言語的なメディア環境と、期ごとの設計上の選択の両方の反映として説明する。オランダ語記事が第1期にしかないのは、第2期がベルギーのフランデレン共同体を対象から外し、それをオランダ語圏のEDMO拠点であるBENEDMOが担うことになったためであり、報告書はこれを範囲の変更であってオランダ語の偽情報が消えたわけではないと念を押す。ドイツ語記事は、ルクセンブルクがドイツ語情報圏に近接していることと、ベルギー東部のドイツ語共同体(東カントン)の存在という2つの要素を反映しており、DPAの参加はこの共同体のカバーに結びついている。英語記事は第2期に継続しない設計だったが、第2期に6件が記録されている。報告書はこれを未確認とし、入力ミスの可能性を挙げて「要確認」と書いたまま公表している。
最も重要な方法上の注記は翻訳重複である。ルクセンブルク語記事の相当部分は、主にAFPのフランス語記事をRTL Luxembourgが翻訳・再掲したもので、同一の内容が言語ごとに1件として数えられている。その結果、そこに含まれるナラティブ・アクター・プラットフォームの比重が実際の独立した検証件数より大きく見える。重複件数の正確な数値は「まだ取得されていない」と記されている。表から読み取れることとして、ルクセンブルク語の構成比は24%から44%へ上がり、第2期ではフランス語を上回っている。翻訳由来の記事がルクセンブルク語に集中しているのであれば、重複による水増しは第2期でより強く効いている可能性が高く、期間比較そのものがこの偏りを内包していることになる。
報告書が課した四つの限定
報告書は本文の随所で、分析結果を「拠点の公開カバレッジ」の記述に限定するよう繰り返している。限定事項として明記されているのは以下である。
- 全数ではなく選択:データは4機関が拠点経由での公開を選んだ記事であり、各社の検証業務の全体でも、その代表標本でもない。4年分の範囲内での長期的傾向についての限定的な主張は可能だが、偽情報の流通量に関する主張としては読めない。
- 言語間の重複:上述のとおり、翻訳記事が同一内容を複数回計上させている。
- 期による範囲差:第2期はフランデレン共同体と英語を対象外としており、期間比較の差には偽情報環境の変化と無関係な要因が含まれる。
- 代表性の否定:以上から、結果をベルギー・ルクセンブルクの偽情報の実態として一般化してはならない。
さらに、ファクトチェックのデータは検証に値するほど論争的で拡散したと判断された主張の集合であり、オンラインの偽情報全体ではないとも付記されている。AFPについては題材選定の方針が拠点サイトで公開されているが、これはAFP自身の編集方針であって拠点全体の方針ではないとされる。
ナラティブ分類の期間比較
| カテゴリ | Belux 1 | Belux 2 |
|---|---|---|
| 保健 | 26% | 記載なし(筆者の差し引き計算で約17%) |
| 地政学(外国政治+ウクライナ+イスラエル・ハマス) | 37% | 40%(うち外国政治23%) |
| 気候・環境 | 18% | 18% |
| 経済 | 4% | 7% |
| 国内政治 | 2% | 4% |
| 少数者・移民 | 4% | 4% |
| ジェンダー | 2% | 3% |
| 分類保留(陰謀論・デマ・釣り記事) | 7% | 7%(期別か全体かは不明確) |
第1期は保健が最大で、報告書はこれをコロナ禍の中心性から当然視する。第2期は外国政治が23%で最多となった。報告書は第2期の保健の比率を示していないが、他の数値が両期とも合計100%になる前提で差し引くと約17%となり、第1期から10ポイント近く低下した計算になる。ウクライナとイスラエル・ハマスの合計も、40%から23%を引いた17%と推定できる。また、カテゴリの呼称は集計の箇所と各論の箇所で一致していない(「少数者」と「移民」、「保留」と「背景雑音」)。
保健
両期ともコロナワクチン、公衆衛生措置、パンデミック陰謀論が中心で、ワクチンの安全性への疑義、自閉症との根拠のない関連づけ、イベルメクチンなど未証明の治療法の宣伝が含まれる。第2期ではワクチン関連の比重が下がり、より広い健康情報の領域に埋め込まれていった。そこにはAI生成コンテンツによる代替療法や自然治癒の主張が含まれ、自己流の大腸洗浄のような危険な行為を勧めるものもあった。
環境・気候
両期とも、気候科学の否定、エネルギー転換、環境政策、自然災害、陰謀論(HAARPや世界経済フォーラムの「気候アジェンダ」など)という同じ柱で構成される。第1期は真正面からの気候否定と疑似科学的推論が多かった。第2期は否定よりも気候変動の規模を矮小化・歪曲する内容へ重心が移り、AI生成の災害画像が顕著に増え、ハリケーン、山火事、洪水といった実際の出来事を誤導的な物語に組み替える速度も上がった。
外国政治とEU
選挙の公正性、指導者への評判攻撃(バイデン、ハリスなど)、地政学的緊張、世界経済フォーラムなどの機関を標的とする陰謀論が両期共通の中心で、最も参照された国は米国とロシアである。EU関連では、第1期はEUを介入的・不透明な存在として描く主張が多く、第2期は欧州議会選挙に絡む規制・統治論争、具体的には児童性的虐待コンテンツ対策規則案(通称チャットコントロール)やデジタルユーロへと焦点が移った。合成メディアの利用もこの分野で増加した。
ウクライナ戦争
検証が最も集中したのは2022年初頭である。初期は文脈を剥がされた戦場映像と、ブチャなどでの残虐行為に対するロシアの責任を曖昧にする試みが対象だった。その後は西側支援のコスト、ウクライナの描かれ方、NATOや国連の役割に関する主張へと移った。「Matryoshka」や「Doppelgänger」のような組織的影響工作も登場し、注目度の高い事件に便乗する傾向を強めた。
イスラエル・ハマス紛争
2023年10月7日の攻撃後は、文脈を剥がされた画像やAI生成画像をリアルタイムの記録として提示するもの、戦時報道の真正性への疑義、紛争の範囲を実際より広く見せる主張が検証された。後期には国際的反応、捏造された統計、さらなるAI生成画像が対象となった。
経済と移民
経済分野は両期とも散発的で、第1期はエネルギー価格や生活費といった身近な問題、第2期はデジタルユーロをめぐる誤情報など政治・財政的な主張へ移った。移民分野は両期で安定しており、移民・難民が優遇されているという主張と、ハラール食の義務化や音楽授業の禁止といった、移民を文化的脅威とみなす反イスラム的ナラティブが繰り返し現れた。
反ジェンダー
第1期はLGBTIQ+の権利と性教育をめぐる論争が中心で、ベルギーのフランス語圏で導入された関係・情緒・性生活教育(EVRAS)の制度が含まれる。報告書には記載がないが、この制度をめぐっては2023年9月に複数の学校で放火や破壊行為が起きており、オンラインの誤情報が現実の行動と結びついた事例として位置づけられる。第2期は話題性の高い出来事との結びつきが強まり、パリ五輪ボクシングのイマネ・ヘリフ選手に対するトランスフォビックな主張や、女性政治家を標的とするポルノ・ディープフェイクという新たな次元が加わった。
国内政治と「背景雑音」
国内政治の件数は両国とも少ない。第1期のルクセンブルクではグザヴィエ・ベッテル首相(当時)のような象徴的人物とバイラルな出来事が中心で、ベルギーでは抗議運動や動員が対象となった。第2期は政治家同士の論争(社会党のマニェット、改革運動のブーシェ、新フラームス同盟のデ・ウェーフェル)と、統治に関する争点化された統計へ移った。分類保留の残余カテゴリには長年のデマ、著名人の噂、詐欺が含まれ、第2期にはAI生成画像による技術的な色合いが強まった。
参照されるアクター
最も頻繁に参照されるアクターは比較的固定された顔ぶれで、主要な地政学的指導者、国際機関、やや少なく各国政治家という構成である。ゼレンスキーとプーチンはウクライナ戦争、トランプとバイデンは選挙の公正性と経済に関する主張で現れる。欧州の指導者で最も参照されたのはマクロンで、報告書はこれをフランスの政治論争がベルギーの情報空間に流れ込む越境性の表れと解釈している。国際機関では、コロナ期のWHOと製薬企業、超国家的統治を脅威や隠された意図として描くナラティブにおけるEU・国連・世界経済フォーラムが挙げられる。国内の人物は全体として少ないが、ルクセンブルクのベッテル、ベルギーのアレクサンダー・デ・クロー両首相(いずれも当時)は、偽の商品推薦を使った詐欺関連の記事に繰り返し登場する。なお、この節には出現件数や順位を示す数値が一切ない。
参照されるプラットフォーム
プラットフォームについてはデータの50%を無作為抽出し(第1期505件、第2期172件)、自動抽出と人手の確認を組み合わせて集計した。報告書は、この数値を全1,352件の網羅的な集計ではなく、傾向を示すものとして読むよう求めている。
| 順位 | Belux 1(505件) | 100件あたり | Belux 2(172件) | 100件あたり |
|---|---|---|---|---|
| 1 | Facebook 385 | 76.2 | Facebook 136 | 79.1 |
| 2 | X/Twitter 302 | 59.8 | Instagram 62 | 36.0 |
| 3 | Telegram 147 | 29.1 | TikTok 46 | 26.7 |
| 4 | Instagram 111 | 22.0 | YouTube 44 | 25.6 |
| 5 | YouTube 108 | 21.4 | Telegram 32 | 18.6 |
上位は、EUのデジタルサービス法(DSA)で超大規模オンラインプラットフォーム(VLOP)に指定されたFacebook、X、Instagram、YouTube、TikTokが占める。報告書は、これがソーシャルメディア上の主張を扱うデータの性格と整合的である一方、主張の発生源や拡散経路は示せないと述べる。Facebookの突出については、Metaがファクトチェック提携プログラムを通じて外部のファクトチェック機関に資金を出していることを、解釈上の考慮要因として明記している。報告書の外の文脈として、Metaは2025年1月7日に米国でこの提携プログラムを終了したが、EUでは当面維持すると説明していた。第2期のFacebook比率が第1期並みに高いことは、この資金構造が検証対象の選定に持続的に影響している可能性と整合する。
Telegramは二次的な経路として恒常的に登場し、WhatsAppはまれである。報告書はWhatsAppの少なさを、存在しないためではなく暗号化環境の観察の難しさによるものと見ており、両者ともVLOPとは異なりDSAの透明性義務の対象外で体系的な監視が制約されていると指摘する。RTやスプートニクなどロシア国営系メディアへの言及はほぼ第1期に限られ、2022年以降のEU制裁による配信制限(理事会規則2022/350など)と整合するが、転載、スクリーンショット、翻訳抜粋を通じて間接的に流通し続けている可能性があるとされる。
最大の変化はXである。第1期に302件で2位だったXが第2期の上位5位から消え、代わってTikTokが入った。第2期5位のTelegramが32件であるから、Xは100件あたり18.6件未満、すなわち第1期の3分の1以下に落ちたことになる。報告書は、これが偽情報の流通場所の実際の移動か、ファクトチェッカーの参照選択の変化か、抽出標本の効果かは判別できないとしている。ここに筆者の仮説を加えれば、第2期で消えた英語とオランダ語の記事群がXを多く参照していたのであれば、範囲変更だけでこの落差の一部を説明できる。言語別のプラットフォーム集計があれば検証可能な点である。
報告書の結論
結論部は、4年分のデータが短期的な観察では見えないパターンを捉え、国際的な偽情報研究でほとんど扱われないルクセンブルク語圏をカバーした点に、継続的かつ言語に配慮したモニタリングの価値を見出す。拠点のカバレッジのなかでは保健、環境、移民が両期で比較的安定し、外国政治のナラティブは主要な地政学的事件に沿って第2期で比重を増した。AI生成・合成コンテンツの存在感はほぼすべてのカテゴリで高まった。そして最後に、これらはあくまで拠点の公開カバレッジの記述であり、ベルギー・ルクセンブルクの偽情報の傾向として読んではならないと太字で締めくくっている。要約部では、標本抽出、期ごとの範囲変更、言語間重複について方法上の明確化が必要だとも述べている。
この報告書の読みどころと限界
本書の価値は、ファクトチェックのアーカイブを「偽情報の観測データ」ではなく「ファクトチェック組織の注意配分の記録」として扱う姿勢を、ほぼ全段落で貫いている点にある。ファクトチェックのデータベースを偽情報の流行指標として転用する研究は少なくないが、本書は選定バイアス、翻訳重複、組織の範囲変更、資金提供者の影響という4種類の歪みを、データの内側から具体的に名指ししている。Metaの資金提供をFacebook比率の解釈に持ち込んでいる点は、ファクトチェック機関の側から書かれた文書としては踏み込んだ記述である。
一方で、限界も明確である。エグゼクティブサマリーはAI生成コンテンツへの言及が急増したと述べるが、本文には件数も比率もなく、何をもってAI生成と判定したのかの基準も示されていない。報告書の最も目を引く主張が、最も定量的裏づけを欠いている。アクターの節にも数値がない。翻訳重複の規模は未取得、第2期の英語6件は「要確認」のまま、第2期の保健比率は欠落しており、カテゴリ名にも揺れがある。プラットフォーム集計の50%標本では、原文と翻訳が同時に抽出された場合の二重計上をどう扱ったかも説明されていない。自己点検文書として慎重な留保を重ねる一方で、その留保を解消するための作業、すなわち重複除去後の再集計と言語別の内訳は、結論でも今後の課題として明示されていない。
それでも、2021年末から2025年秋という、コロナ、ロシアのウクライナ侵攻、10月7日、欧州議会選挙、パリ五輪、生成AIの普及が連続した期間を、同一拠点の同一形式のデータで追える資料は多くない。気候分野で「否定」から「矮小化」へ、反ジェンダー分野で制度論争から著名人攻撃とディープフェイクへという質的な移行の記述は、他のEDMO拠点のデータと突き合わせることで、拠点固有の編集判断なのか欧州全体に共通する変化なのかを検証できる素材となる。


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