偽情報が社会に与える影響は深刻であり、スロベニアも例外ではありません。EU DisinfoLabが2025年1月10日に公開したレポート「The Disinformation Landscape in Slovenia」では、スロベニアにおける偽情報の実態や、それに対抗する取り組みが詳しく記述されています。本記事では、その中でも象徴的な事例、支配的なナラティブ、そして対策の現状について解説します。
象徴的な偽情報事例
1. 移民に関する虚偽の犯罪報道
スロベニアでは、移民に関する偽情報が頻繁に拡散されています。その中でも特に注目されたのが、2024年春に報じられた「移民によるレイプ事件」です。この事件は、リュブリャナのティヴォリ公園で3人の移民が女性を襲ったというものでした。
しかし、警察の調査によってこの事件は虚偽であると判明しました。それにもかかわらず、この情報は右派政治家やネオナチグループによって利用され、移民排斥の口実として議論が続きました。このようなケースは、偽情報が単なる誤解や混乱を超えて、社会的分断を助長するツールとして使われる例と言えるでしょう。
2. 気候変動否定の主張
「人間活動はCO2の増加に寄与しない」という誤った主張も、スロベニアの偽情報における特徴的な例です。この主張は、SNSやYouTubeを通じて拡散され、気候変動対策の意義を軽視する動きにつながりました。
この種の偽情報は、市民団体だけでなく、一部の政治家や団体によっても推進されています。特に「気候変動はエリートの陰謀」という陰謀論的なフレームがしばしば用いられています。こうした情報は、人々の疑念を煽り、気候行動への支持を削ぐ効果があります。
3. COVID-19ワクチンを巡る誤情報
パンデミック中、スロベニアではCOVID-19ワクチンに関する多くの偽情報が広まりました。中でも、mRNAワクチンが「遺伝子治療」であるという誤った主張が、SNSを通じて急速に拡散しました。この情報は、反ワクチン運動を支えるナラティブの一部となり、多くの市民に混乱をもたらしました。
これらの事例は、偽情報が社会にどのような影響を及ぼすかを示す典型的な例です。
スロベニアで支配的なナラティブ
1. 移民を脅威とするナラティブ
スロベニアでは、移民が社会や国民の安全にとって脅威であるとするナラティブが頻繁に用いられています。この背景には、移民が犯罪を引き起こしているという誤った情報や、彼らが社会福祉を不当に利用しているという虚偽の主張があります。
特に「移民は月に850ユーロを受け取る」などの誤情報が広まり、一般市民の不満を増幅させています。このナラティブは、政治的な目的で操作され、移民に対する偏見や差別を助長しています。
2. 気候変動対策への抵抗
気候変動を否定するナラティブも、スロベニアで支配的なテーマの一つです。「人間の努力では気候変動を抑えられない」や「気候対策はエリートの陰謀」といった主張が、特にSNS上で広がっています。このような情報は、気候行動への支持を減少させるだけでなく、誤解に基づいた政策の遅延を招く可能性があります。
3. 公式医療への不信
公式医療を「腐敗した機関」として描写するナラティブも強力です。COVID-19パンデミック中には、マスクやワクチンの安全性に対する誤った主張が広まりました。その影響はパンデミック後も続いており、子どものワクチン接種率の低下につながっています。
スロベニアの偽情報対策と法的枠組み
スロベニアでは、偽情報に対する法的枠組みはまだ整備が進んでいません。現在のメディア法では、誤情報そのものを規制する条項はなく、「訂正の権利」が与えられているだけです。しかし、この訂正の権利は、誤った情報を補足する形での反論や事実の提示を認めるもので、具体的な罰則や規制には至っていません。
2024年には新しいメディア法案が提出され、AIコンテンツのラベル表示やヘイトスピーチの規制が提案されています。ただし、偽情報に直接的に対応する条項は依然として含まれていません。
一方で、自主規制としてジャーナリスト行動規範が存在し、正確性の確認や誤りの修正が求められていますが、これも実効性に課題があります。
まとめ
スロベニアの偽情報の状況は、現代社会が直面する課題を象徴しています。具体的な事例や支配的なナラティブを分析することで、偽情報が社会に与える影響を理解し、効果的な対策を考えるきっかけとなるでしょう。
スロベニアで進められている取り組みや、提案されている新しいメディア法案は、他国にも参考になる可能性があります。偽情報がどのように社会を揺るがし、それに対抗するために何ができるのかを考えるヒントとして、このレポートは活用できます。
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