気候変動に関する誤情報やナラティブは、国ごとに異なる部分があるものの、根本的な戦略は世界共通だ。カナダでは「気候変動否定」から「気候変動遅延」へとナラティブが変化し、政策決定や世論に大きな影響を与えている。日本でも同様の構造が見られる以上、カナダの事例を分析することは重要だ。
カナダのマギル大学 The Centre for Media, Technology and Democracy が2025年2月5日に公開した「Climate Obstruction: The State and Spread of Climate Disinformation in Canada」 というレポートが、カナダにおける気候変動誤情報の拡散とその影響を詳細に分析している。特に、SNSを通じた誤情報の拡散、政府の気候政策への影響、誤情報を支えるナラティブ など、日本の状況とも共通するポイントが多い。このレポートの重要な部分を紹介する。
1. 気候変動誤情報の「戦術の進化」
かつて、化石燃料産業は「気候変動は存在しない」「科学的に証明されていない」といった主張を広めていた。しかし、近年では「否定」から「遅延」へと戦術が変化している。
現在の気候変動誤情報は、次のようなフレームを通じて拡散される。
- 「解決策は効果がない」:再生可能エネルギーは不安定で、脱炭素化は現実的でない。
- 「気候変動対策は経済を壊す」:カーボンプライシングや環境規制は、市民や企業の負担を増やす。
- 「もっと現実的な解決策がある」:化石燃料は重要であり、すぐにやめるべきではない。
これらのナラティブが広まることで、気候変動対策が遅れ、誤情報が政策決定に影響を与える構造ができあがる。
2. カナダ独自の気候変動誤情報ナラティブ
カナダでは、気候変動に対する誤情報が5つの主要なナラティブを中心に展開されている。
- 偽善とエリート主義(Hypocrisy and Elitism)
「環境活動家や政治家はエリートであり、庶民には関係がない」という主張。たとえば、気候変動会議で政治家がプライベートジェットを使用していることを批判し、気候変動政策の信頼性を損なう。 - 免罪(Absolutionism)
「カナダの排出量は全体の1.5%しかない。だから対策をする必要はない」というロジック。しかし、人口当たりの排出量ではカナダは世界トップクラスであり、この主張はミスリーディングである。 - 再生可能エネルギーとEVの不信(Unreliable Renewables and Ineffective EVs)
「再生可能エネルギーは不安定」「電気自動車は実用的でない」という主張。実際には技術が進歩しているが、あえて弱点を誇張することで対策の妨げとなる。 - 倫理的な石油(Ethical Oil)
「カナダの石油は倫理的であり、他国の石油よりもクリーン」という主張。気候変動対策を遅らせるために、石油産業の存続を正当化するナラティブとして利用される。 - 先住民族の関与(Indigenous Involvement)
先住民族による化石燃料産業の関与を「経済的自立の手段」として正当化し、化石燃料依存を続ける理由として使われる。
3. プラットフォームの役割と「インパクト・ギャップ」
SNSは気候変動誤情報の拡散を加速させている。特に次のような問題が指摘されている。
- Facebook
- 2021年のCOP26期間中、気候変動誤情報の88%が放置された。
- 「Climate Lockdown(気候ロックダウン)」という陰謀論が急速に拡散。
- X
- イーロン・マスク買収後、気候変動否定コンテンツが300%増加。
- 従来のモデレーションチームが削減され、デマが放置される状況に。
- YouTube
- アルゴリズムが「倫理的な石油」「再生可能エネルギーの不信」を強調するコンテンツを推奨。
- 気候変動デマの広告収益を得ている。
また、「インパクト・ギャップ(Impact Gap)」も誤情報の拡散を助長する要因になっている。「気候変動は未来の問題」と思われており、市民の危機感が希薄になっているため、誤情報が広まりやすい。
4. 政策的インプリケーション
誤情報はカナダの政策決定にも影響を与えている。
- カーボンプライシング(炭素税)
- 「経済を破壊する」という誤情報により、世論の支持が低下。
- 特に保守党支持者の間では反対が強い。
- 再生可能エネルギー推進
- 「不安定で信頼できない」というナラティブの影響で、市民の支持が限定的。
- グリーンウォッシング規制
- 「企業の脱炭素戦略は単なるPR」というシニシズムが広がり、政府の監視強化が求められる。
また、EU・英国・米国と比較すると、カナダの誤情報対策は遅れている。
- EUは「デジタルサービス法(DSA)」で気候変動誤情報を規制。
- 英国は2023年に誤情報を含む広告の規制を強化。
- カナダはまだ明確な規制策を打ち出せていない。
まとめ:日本の状況とカナダの共通点
カナダの事例は、日本の状況と驚くほど似ている。たとえば、日本でも「気候変動対策=経済的負担」「再生可能エネルギーは不安定」「中国の方が排出が多い」といったナラティブが見られる。また、誤情報の拡散手段も同様で、SNSによる拡散、アルゴリズムによる増幅、政府の規制の遅れなど、多くの共通点がある。
このレポートは、日本における気候変動誤情報を分析する上でも非常に参考になる。日本においても、政策決定の正当性を確保し、誤情報への対応を強化するために、同様の分析が必要だ。
コメント
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