ロシアの影と制度不信の連鎖──2025年版「ドイツにおける偽情報環境」の構造分析

ロシアの影と制度不信の連鎖──2025年版「ドイツにおける偽情報環境」の構造分析 情報操作

 EU DisinfoLabが発表した2025年版レポート『Disinformation Landscape in Germany』は、ドイツにおける偽情報の状況を素材の列挙ではなく、脅威構造の定着と政治制度への浸潤という視点から捉え直している。ここでは、その中核をなす論点を四つの軸──政治、ナラティブ、技術、制度──に分けて検討する。


偽情報と極右の交差点:AfDは「受益者」なのか「当事者」なのか

 レポートは、極右政党AfD(ドイツのための選択肢)の台頭と、ロシアによるFIMI(Foreign Information Manipulation and Interference)の交差を中心的な懸念事項として位置づけている。特に注目すべきは、ロシアの情報操作機関Social Design Agencyのリーク文書に、「AfDの得票率を20%以上に引き上げる」という明示的な目標が含まれていた点だ。

 これに加え、AfDの議員がロシア系ネットワークと資金面でつながっていたとする複数の報道、そしてElon MuskによるX上でのAfD共同党首の可視化支援など、国内の政治動向と国外の操作が複雑に絡み合っている。AfDの伸長を単なる内政問題として扱えないことが、構造的に示されている。


分断を反復するナラティブ:移民・気候・健康

 このレポートの優れている点は、ナラティブの移り変わりではなく「持続性」に着目しているところにある。たとえば2016年のLisa F.事件は、虚偽の強姦被害報告がロシア語メディアを通じて拡散され、反移民感情を扇動した典型例とされているが、その手法は2025年になっても繰り返されている。難民による暴力事件を偽装したAI画像の使用や、移民による特権的待遇をめぐるデマが後を絶たない。

 気候変動否定に関しても、AfDが「気候は常に変動してきた自然現象」と主張し、風力発電を「恥の象徴」と表現するなど、制度改革やエネルギー政策を揶揄する情報が意図的に組織化されている。さらに健康分野では、COVID-19ワクチンに対する否定的言説がそのまま鳥インフルエンザに転用され、WHO陰謀論と接続されている。

 これらのナラティブは、単独ではなく「制度不信の連鎖」を生む素材として機能している。


技術的偽装の制度化:Doppelganger作戦とAI偽造

 「Doppelganger」と呼ばれるクローンメディア作戦は、2022年から現在まで断続的に展開されており、BildやSpiegelといった主要メディアを模倣する偽サイトを介して親ロシア・反ウクライナ的なプロパガンダを拡散している。レポートによれば、ドイツ内務省や警察のサイトまで模倣の対象となった。

 さらに2025年の選挙では、「Storm 1516」と呼ばれるキャンペーンでAIを用いたフェイク動画・文書が流布され、候補者の人格を攻撃する形式が登場した。これは情報空間の偽装が一段階進み、「信頼そのものの模倣」が技術的に制度化されつつあることを示している。


規制とその限界:DSAと表現の自由をめぐる攻防

 ドイツはEUのDigital Services Act(DSA)の下で、違法情報への対応を強化しているが、実効性は揺れている。特にX社が研究者のリアルタイムデータアクセスを拒否し続け、裁判闘争に発展した事例は象徴的だ。NetzDG(旧法)の撤廃後、DSAに制度的重みが移行したものの、連邦州ごとの監督体制のばらつきや、諜報機関の監視強化と内部告発者保護の緊張関係など、新たな法的論点も浮上している。

 加えて、AfD系メディアの編集者が連邦内相の写真を改変して有罪となった事件では、表現の自由との境界線をめぐる社会的議論も起きている。レポートが示唆するのは、もはや「何を削除するか」ではなく、「何を可視化できないままにしておくか」という規制の透明性そのものが問われているという点である。


偽情報は「内容」ではなく「構造」へと移行した

 このレポートは、偽情報が特定のデマや誤報を意味する時代から、「制度・信頼・可視性」を対象とした構造的戦略へと転換していることを強く示している。ドイツという特定事例を通じて可視化されるのは、偽情報がもはや「外部からの侵入」ではなく、「民主主義制度の構成要素を模倣し、乗っ取る技術」になりつつあるということだ。

 そうした認識を前提としない限り、個別の誤報やプラットフォーム対策だけを追っても、「なぜここまで社会が変質してしまうのか」を理解することはできない。このレポートは、その構造を初めて包括的に整理しようとする試みとして注目に値する。

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