グローバル・ディスインフォメーション・インデックス(GDI)が2025年9月に発表した報告書「Canada: Hate Speech and Bigotry – August 2025」は、カナダ国内におけるヘイトスピーチと偏見的言説の広がりを、きわめて詳細に描き出している。対象は大手新聞社のオンライン版から独立系・オルタナティブメディア、陰謀論系サイトまで50以上。さらにSNSでの拡散状況も調査対象とし、ヘイト言説がどのように生まれ、どのように再利用され、どこまで届いているかを統一的な指標で比較している点が特徴である。調査によれば、カナダ人の41%が月に一度は何らかのヘイト的コンテンツに触れており、有色移民で50%、2SLGBTQIA+では58%、新規移民は67%に達する。曝露が社会的に弱い立場の人々に集中している現実を数字で示すことから始まり、この報告書は読み手を引き込む。
方法と枠組み
GDIは、ナラティブを「ABCD」フォーマット(Actor/Platform、Behaviour、Content、Degree/Reach)で記録した。つまり、誰が、どこで、どのように、何を言い、それがどれだけの人に届いたかを比較できる形で整理している。到達度はカナダIPからのユニーク訪問者やフォロワー数で測られ、たとえばRT.comは月間19.8万訪問、SputnikGlobeは1.2万訪問といった具体的数値が明記される。VPN使用などの限界も脚注で補足されており、数値の扱いに慎重な姿勢が見られる。
標的とされたコミュニティ
アジア系
パンデミック以降、アジア系は「外国の影響下にある」「二重忠誠」といったレッテルを貼られるようになった。多様性推進が「不当な優遇」と批判されるパターンも多く、記事やSNS投稿では中国系を中心に「国家の手先」という物語が繰り返されている。
先住民
報告書が特に強調するのは「寄宿学校否認論」の復活だ。歴史的な強制同化政策の事実を疑う言説は、単なる歴史論争にとどまらず「先住民の権利要求は虚偽だ」という政治的主張に直結している。Rebel Newsなどの保守系メディアは先住指導者を「腐敗したエリート」と描き、条約権や自治権を「利権」と結びつける記事を繰り返し配信している。これらの記事はX(旧Twitter)で数万規模の閲覧を得ており、先住民への不信感を広める装置となっている。さらにロシア系メディアSputnikやRTは、こうした国内論争を「カナダ政府は人権を語る資格がない」という国際的宣伝に再梱包し、国外の影響工作と直結させている。
2SLGBTQIA+
LGBTQ+に対しては「社会を崩壊させる」「子どもを狙う“grooming”」という定型的なフレーミングが広がっている。有色女性やトランスジェンダー活動家は標的にされやすく、オンラインでの脅迫や暴力的表現が伴うことが多い。Pravda NetworkやPortal Kombatといったロシア系ネットワークは「子どもを守れ」というスローガンでこれらのナラティブを拡散し、国内の偏見と国外のプロパガンダが同調する構造が確認されている。
移民・難民
移民や難民は「社会制度を崩壊させる」「医療や住宅を圧迫する」というストーリーに結びつけられる。欧州極右から輸入された「remigration(非白人の再移住)」や「人口置換論」もカナダに導入され、Canada Firstなどの極右グループがプロパガンダに利用している。こうした輸入ナラティブはビジュアルを伴い、SNSでの拡散力を高めている。
ユダヤ人
ユダヤ人に関しては「ソロス」「ロスチャイルド」といった陰謀論的ドッグホイッスルが使われ、金融やメディア支配と結びつけられる。また、ホロコースト否認が再活性化しているほか、ガザ紛争を契機に「ユダヤ人全体=イスラエル政府」とする集団罪の物語が展開されている。
女性とフェミニズム
公共圏で声を上げる女性、特に有色女性は攻撃の対象となりやすい。報告書ではJordan Petersonの影響力に注目し、若年男性層の支持が「反フェミ」「反Woke」言説を拡散させる基盤になっていると指摘している。
ブラックコミュニティ
ブラックコミュニティは「犯罪と結びつけられる」一方で、平等政策が「逆差別」として批判される。Rebel News、LifeSite、True North Wire、RAIR Foundationといったメディアが具体的に名指しされ、月間訪問者数まで記録されている点は本報告書の特徴である。
国際的影響と広告収益
国内のヘイト言説は外国の影響工作にも利用される。SputnikやRTは先住民への歴史的不正義を「カナダの二重基準」として海外に発信し、Pravda Networkはイスラム嫌悪や反LGBTQ+の言説を「子どもを守れ」という普遍的スローガンに変えて拡散する。さらに高リスクサイトには依然として大手企業の広告が流れ込み、プログラマティック広告の仕組みが意図せず差別的サイトを資金面で支えている。これにより、商業的インセンティブがヘイト言説を温存するという構造的問題が浮き彫りになる。
結論
この報告書が示すのは、カナダが一見「低リスク」に見えながらも、特定のテーマに脆弱性が集中し、国際情勢や国外勢力と結びつくことで一気に拡大するという現実である。ABCDフォーマットによる横断的整理、到達度の数値化、具体的メディア名や人物の列挙により、抽象的な批判ではなく、構造そのものを理解できる分析になっている。ヘイトスピーチは社会的弱者に集中し、国外の情報操作と絡み、広告収益で支えられている──この三重構造を具体的に描き出した点こそが、このレポートを読む意義である。
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