AIを活用した情報操作が金融系にとって大きな脅威となるのだろうか。Say No to DisinfoとFenimore Harper Communicationsが発表したレポート「Can A.I. Cause a Bank Run?」はこの問題を探り、AI使用の情報操作で銀行受信を損なうことで大規模な金融混乱を呼び起こすことが可能かどうかを検討している。
レポートの概要
このレポートによると、AIを活用した情報操作によって銀行の受信を損なわせることで、大規模な資金移動を呼び起こせると主張する。レポート内では、以下のシミュレーションが行われた。
- ドッペルゲンガーサイト:実在するニュースサイトを模倣した情報を投入
- SNSでの拡散:X(Twitter)やFacebookを通じて情報を広め、個人の信頼を利用
- ミームの活用:ミームやジョークを使って感情に詰みる情報操作を実施
この結果、アンケートによると、60.8%の人が資金移動を検討すると答えた。さらに、1000回の広告表示で405人が実際に資金を移動させる可能性があると推定し、その結果、約334万ポンド(約50億円)が移動する計算となる。
また、情報拡散の影響を考慮し、広告が拡散されることでさらに890人が影響を受け、最終的には1万回の広告表示あたり、最大1,070万ポンド(約160億円)の資金が移動する可能性があると試算されている。
このようにレポートは、比較的少額の広告投資でも大規模な資金流出が発生しうると警告している。
考察: リスクの高位評価とビジネスモデルの可能性
しかし、このレポートの内容にはいくつかの問題点がある。
- アンケート結果の情報だけで実際の行動の実現性を評価している
- 人はアンケートでは自分の行動を大きく見積もりがちだが、実際には財布を動かさないことが多い。
- 過去の銀行受信危機と比較したときの不透明性
- SVBの件では、実際に資本調達不足の問題があったが、本レポートでは、同様の実際のリスクが検証されているわけではなく、情報操作の影響だけを試算している。
- 情報操作対策サービスのプロモーションとしての意図
- Say No to DisinfoやFenimore Harper Communicationsは、それ自体が情報操作対策サービスを提供する企業であり、自らのビジネスモデルを展開するために脅威を高く評価している可能性がある。
英国の金融環境についての補足
本レポートは英国の金融環境を前提としているが、日本の読者にはその背景がわかりにくいかもしれない。
英国では、2008年の金融危機(リーマン・ショック)で複数の銀行が経営危機に陥り、政府による大規模な救済措置が行われたことで、銀行に対する不信感が根強く残っている。これにより、取り付け騒ぎが起こるリスクが高いと考えられている。例えば、2019年にはMetro Bankに対する誤情報がWhatsAppで拡散し、顧客が一斉に資金を引き出そうとする事態が発生した。これは、英国では2007年のノーザン・ロック銀行の取り付け騒ぎや、2008年のリーマン・ショック時に政府が一部の銀行を公的資金で救済したことから、『銀行は経営危機に陥る可能性がある』という心理が根付いているためだ。
また、英国ではSNSの影響力が強く、X(Twitter)やRedditでの噂が瞬時に広まり、個人投資家や一般の預金者の行動を大きく左右することも特徴だ。特に、銀行に関する噂が拡散すると、預金者がパニックを起こして一斉に資金を移動させる事態になりやすい。これは、日本では見られない英国特有のリスク要因と言える。そのため、AIによる偽情報拡散が実際の行動に結びつきやすいと見られている。
研究成果が一人歩きする危険
このようなリスク評価の高位評価は、Say No to DisinfoやFenimore Harper Communicationsのビジネスモデルを支えるための戦略とも言える。しかし、こうした「AIを使えば銀行を危機に陥れることができる」とする誇張された数値が、あたかも実証された事実であるかのように一人歩きし、誤解を招く危険性がある。
特に、政治的・経済的な意図を持つ組織がこのレポートを利用して規制強化を求めたり、新たな市場を作り出そうとする可能性も考えられる。情報操作が脅威となることは事実だが、その影響を過度に見積もることで、不必要な混乱を引き起こすこともあり得る。こうした研究結果は慎重に評価し、適切な批判的視点を持つことが求められる。
コメント
This is extremely useful; I’ve bookmarked it for later reference.
Your writing always leaves me hooked right until the end; I’m never disappointed.