リトアニアは、地理的にも歴史的にもロシアの圧力と影響の最前線に位置してきた。そのため、同国は欧州の中でも特に早くから偽情報対策を国家安全保障の重要課題として位置づけている。EU DisinfoLabが2025年8月に公開した最新のファクトシートは、この状況を象徴する事例から法制度、社会的対応まで、幅広く記録している。
象徴的な偽情報事例
報告書では、ロシアやベラルーシによる計画的な情報操作の実例が複数紹介されている。
- 2024年大統領選へのベラルーシ干渉
偽の記者やメディアを装い、候補者へのインタビューを加工編集して拡散。選挙の正当性を傷つけ、投票率を下げる狙いがあったとされる。 - 2023年の大規模詐欺型偽情報キャンペーン
偽ニュースサイトやSNS広告を大量に作成し、投資詐欺に誘導。数百の偽広告とサイトで750万回以上の閲覧を獲得した。 - 移民危機の人権侵害デマ(2021年)
ベラルーシ経由での移民流入を背景に、リトアニアを「人権侵害国家」と描く虚偽情報が拡散。 - 感情を煽る作り話 ― 「ジョナヴァ少女」事件
NATO兵士が未成年を暴行したとする完全な捏造で、NATOへの不信感と反感を狙った。 - バルト通信社BNSのハッキング
米兵毒ガス中毒という虚偽記事を配信システムに直接挿入。 - 1991年1月13日のヴィリニュスTV塔事件の歴史改ざん
ソ連軍の暴力を否定し、出来事を「西側の陰謀」とする言説が現在も流布している。
繰り返されるナラティブ
ロシアは古い主張を形を変えて繰り返す傾向があり、リトアニアに関しては以下が定番化している。
- ウクライナ戦争に絡めた「NATO・リトアニアは好戦的」という描写
- 「ソ連占領は神話」という歴史修正
- 「リトアニアは失敗国家」「経済崩壊・人口流出」
- 「NATO占領下の西側傀儡国家」
- 「ロシア嫌悪(ルソフォビア)が国是」
偽情報対策の担い手
リトアニアには、市民、メディア、学術機関、NGOが一体となった多層的ネットワークが存在する。
- Debunk.org:分析・教育・国際連携を担うNGO
- Civic Resilience Initiative:教育・啓発プログラム運営
- Delfi Lie Detector:多言語のファクトチェック
- Skeptikų Draugija:批判的思考の普及
- Demaskuok.ltと「エルフ」:オンラインでの草の根対抗活動
- 調査報道組織(Siena、LRT、15min、Delfi調査班)
- DIGIRES:デジタルレジリエンス研究
法制度と国家戦略
- 刑法118条(国家に対する情報操作の処罰)、285条(公共の危険に関する虚偽情報の処罰)
- 国家安全保障戦略(非軍事的脅威への対応強化)
- 憲法による検閲禁止と同時に、戦争プロパガンダや差別扇動の禁止
- 内部告発者保護法による安全な報告制度
総括
この報告は、リトアニアが直面している偽情報の多様性と、それに対抗するための社会的・制度的レジリエンスを詳細に示している。偽情報は単なる虚偽ニュースにとどまらず、国家の安全保障や国際関係に直結する戦略的ツールであることが改めて浮き彫りになっている。
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