2025年7月、アメリカ下院司法委員会が公表した中間報告書が、大西洋を挟んだ「言論の支配権」をめぐる激しい緊張を浮かび上がらせた。タイトルは“The Foreign Censorship Threat(外国による検閲の脅威)”。このレポートは、EUが制定した「デジタルサービス法(DSA)」を、アメリカの言論環境に対する事実上の外国干渉と位置づけ、グローバルなプラットフォーム企業がその圧力によって米国内の自由な言論をも制限しつつあると警告している。
この報告書は、単なる制度批判ではなく、具体的な検閲事例、制度上の構造、EU官僚の内部ワークショップでの発言などを挙げながら、DSAが米国の第一修正(表現の自由)と真っ向から衝突しているとする。問題は、規制の理念がいかに善意であろうとも、その適用が越境的になれば「言論の主権」を脅かすという点にある。
欧州発の制度が、なぜアメリカで検閲を引き起こすのか
DSA(Digital Services Act)は、2022年に成立し、2023年から本格施行されたEUのデジタル規制法である。対象は「非常に大規模なオンラインプラットフォーム(VLOP)」とされ、月間ユーザー数がEU域内で4500万人以上のプラットフォーム──Google、Meta、TikTok、Xなど──にリスク評価と緩和義務を課す。
問題は、この「リスク」が「違法コンテンツ」に限定されていないことだ。報告書が特に問題視するのは以下のような曖昧かつ広範なカテゴリーである:
- “misleading or deceptive content”(誤解を招く、欺瞞的なコンテンツ)
- “disinformation”(誤情報)
- “any actual or foreseeable negative effects on civil discourse and electoral processes”(市民的対話や選挙への影響)
- “hate speech”(ヘイトスピーチ)
- “information which is not illegal”(違法ではない情報)
つまり、法的に禁止されていない表現すらも「システミックリスク」としてプラットフォームに削除圧力がかかる。これが、「違法な発言」の対処を超えて、「好ましくない表現」の制御にまで踏み込む制度になっていると批判されている。
グローバル企業は「EU準拠」を全世界に適用している
プラットフォーム企業の多くは、地理的に異なる規制を切り分けて適用する体制を持たない。MetaもYouTubeも「世界共通のコミュニティガイドライン」を掲げており、地域ごとに別のルールを運用するための人的・制度的コストを避けている。これは一見効率的だが、EUのような厳格なコンテンツ規制があると、その基準がそのままグローバルに適用されるという構図が生まれる。
報告書はこの点を「制度の越境的適用」と捉え、事実上EUが米国内の言論に影響を与える「検閲主権の輸出」であると批判する。
実際に検閲対象となった表現──風刺、疑問、スローガン
報告書には、DSAのもとで各国当局が実際にプラットフォームに削除要請を出した事例が紹介されている。中でも注目すべきは、いずれも「政治的見解」や「風刺表現」に属する発言であり、暴力や脅迫ではないという点である。
- ポーランドの研究機関がTikTokに対し、「電気自動車はエコでも経済的でもない」と述べた投稿の削除を要請。
- フランス警察が、難民政策を風刺した米国アカウントの投稿(テロ事件に関する風刺)に削除を要請。
- ドイツ当局が「犯罪外国人は送還すべきだ」と述べた投稿を「人間の尊厳に対する攻撃」として削除要求。
これらはすべて、「EU域外の発信」であり、アメリカ人がアメリカ国内で行った発言である。それがDSAによって削除対象となった、あるいは圧力をかけられたという構図が、委員会の危機感の核心にある。
“We need to take back our country”も違法?
報告書が最も象徴的な事例として挙げているのが、2025年5月に開催された欧州委員会のワークショップで用いられた「模擬検閲演習」である。そこで違法ヘイトスピーチとして分類された架空の投稿例が以下である:
“We need to take back our country.”
このフレーズはアメリカでは共和・民主両党の政治家が頻繁に用いるスローガンであり、演説の常套句にすぎない。しかしEUのDSA文脈では「暗喩的ヘイトスピーチ」として問題視されうる。さらに、同じワークショップでは「ミーム」「AI生成画像」なども、差別的表現の媒体として検閲の対象になりうるとされていた。
つまり、表現形式の軽さ(ユーモア、風刺、暗喩)はもはや“免罪符”ではないとされ、コンテンツがどのような意図を含んでいるかを官僚が判断するという方向へ進みつつある。
「自主コード」への不参加で制裁対象に
Xは、2023年にDSAに関連する「誤情報対策の自主コード」から離脱した。理由は、第三者ファクトチェッカーとの連携義務が含まれていたため。しかしその数か月後、欧州委員会はXに対して調査を開始。報告書によれば、委員会は現在Xに対し、10億ドル超の罰金を検討中だとされる。
この構造は、形式上は「自主」だが、実質的には「強制参加」であり、コードに署名しない企業は標的にされる──と報告書は述べている。
言論の主権とグローバル・コンテンツ政策の摩擦
報告書の論調は一貫して政治的であり、DSAを「民主主義の装いをした検閲法」として描いている。だがこの主張をすべて鵜呑みにする必要はないにせよ、ここで可視化された構図──一地域の規制が、グローバルなプラットフォーム経由で他国の言論環境を左右しうるという現実──は否応なく注目に値する。
プラットフォームが“公共空間”としての機能を担っている限り、その管理責任は当然問われる。しかし、誰のルールで、どこまでの影響範囲で、何をリスクと定義するのか──この判断は、単なるテクノロジー企業の運用の問題ではない。言論の政治的インフラとしてのSNSと、それを規制する法制度の「越境性」が、今後ますます争点となっていくことは間違いない。


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