欧州議会選挙で何が起きていたのか――EDMO報告から見る広告と透明性

欧州議会選挙で何が起きていたのか――EDMO報告から見る広告と透明性 民主主義

 2024年の欧州議会選挙は、MetaやGoogleを通じた政治広告が大規模に展開された最後の事例となった。EUが導入した新たな政治広告規制を前に、両社は2025年10月からEU域内での提供停止を発表したためである。European Digital Media Observatory(EDMO)は、この「最後のキャンペーン」を対象に広告の実態と透明性を分析し、詳細な報告「A Cross-Country Analysis of Electoral Advertising on Meta and Google during the EU 2024 Elections: Compliance, Transparency, and Targeting」をまとめた。ここではその内容を整理して紹介する。


規制と撤退の構図

 EUの政治広告透明性規則(TTPA)は、従来の自主規制よりはるかに厳しい。広告スポンサーの基本情報だけでなく、支出額の算定方法、資金の出所がEU内か域外か、ターゲティングのパラメータやロジック、AIを利用したか否か、さらには広告が途中で削除・停止された履歴まで、逐一の開示を義務づける。

 これに対してMetaは「社会問題・選挙・政治(SIEP)」広告という包括的カテゴリーを設けて対応してきたが、国ごとにルールを変えるなど運用のばらつきがあった。Googleはさらに狭く、EUの選挙広告に限定して扱った。つまり、TTPAが「政治的意図」という広い定義を採用するのに比べ、両社はより狭く・実務寄りの範囲を設定していたことになる。

 この食い違いは、規制への準拠評価に直結する。両社は「実務上の困難と法的不確実性」を理由に2025年10月から政治広告を全面停止する方針を表明した。透明性を求める規制が導入されたことで、広告そのものが市場から消えるという逆説的な状況が浮かび上がる。


透明性評価と空白

 EDMOはMetaとGoogleの広告ライブラリを精査し、TTPAの19の基準に照らして評価した。結果はMetaが9項目、Googleが7項目の完全遵守にとどまった。

 欠落が際立つのは次の点である。

  • AI利用の説明:両社ともゼロ回答で、広告配信にAIが使われたかどうか不明。規則の新しい焦点であるだけに重大な欠落だ。
  • 削除履歴の開示:広告が途中で止められた経緯を示さない。操作的な利用があっても外部から検証できない。
  • 支出算定方法:Googleは特に不透明で、算出の基準がわからない。Metaも算定根拠の説明が不足。
  • スポンサー主体の識別:Googleでは支払い主体と最終的な支配主体が異なる場合に十分な情報が出ない。

 一方でMetaはリーチやロケーション・年齢・性別といった分解データを提示しており、Googleに比べれば利用可能な情報が多い。ただしMetaも元広告へのリンクを欠いており、実際にどんな表現が配信されたのかを追跡できない。透明性の「量」と「質」の両面で限界が浮き彫りになった。


広告の実態:支出とターゲティング

 選挙期間中(2024年4月〜6月)に出稿された広告は約3万本、総額870万ユーロにのぼる。全体ではMetaが優勢で、約1.9万本・528万ユーロ。Googleは約1.1万本・344万ユーロだった。

 ただし国別にみると差は一様ではない。ギリシャ、ハンガリー、ルーマニア、スペインではGoogleの支出がMetaを上回っていた。欧州全体ではMeta優位だが、地域によってはGoogleが主要な広告基盤になっていたことがわかる。

 総額で突出したのはドイツ(193万ユーロ)、ベルギー(180万)、ハンガリー(119万)の3か国で、合計すると全体の56%を占める。選挙の規模や国内政治の熱度が支出に反映された形だ。

 政党別では、ハンガリーの与党フィデスが85万ユーロと最多。ドイツでは欧州連邦主義を掲げる新興政党Volt Deutschlandが51万ユーロを投入し、一定の存在感を示した。ベルギーの極右政党Vlaams Belangは42万ユーロをほぼMetaに集中させ、プラットフォーム依存の偏りが際立った。

 ターゲティングの実態はむしろ単純である。114政党のうち87が国レベル、91が全年齢、82が全性別を対象としており、精緻なセグメントは少ない。都市や州・県レベルでの指定はあったが、属性を絞った高度なターゲティングは限定的だった。大規模キャンペーンであっても、細分化より広域的な配信が基本戦略だったことが明らかになった。


研究環境と透明性の逆説

 EDMOは同時に、研究者のアクセスの難しさを強調している。広告ライブラリは検索条件が限られ、期間別や政党別に柔軟な集計ができない。Metaの広告APIも完全ではなく、データの再現性に難がある。

 さらに深刻なのは、時間の経過とともに提供情報がむしろ後退していることだ。Metaでは2025年に入り、ターゲティング詳細が削除されており、分析の厚みを欠くようになった。規制の施行が近づくにつれ透明性が縮小するという逆説的な現象である。

 元広告へのリンクが欠けている点も大きな問題だ。研究者や市民が実際の広告内容を検証できなければ、支出やターゲティングの数字がどれほど整っていても意味が限定される。外部検証の欠如は、広告が誤情報や操作的メッセージを含んでいた場合に重大な障害となる。

 こうして規制によって透明性を高めようとしたはずが、実際にはプラットフォーム撤退とデータ縮小を招き、監視の能力が失われる。報告書は、民主主義のための情報環境が抱えるこの逆説を強調している。


まとめ

 EDMOの報告は、2024年欧州議会選挙における政治広告を多角的に記録した。数字の上では3万本・870万ユーロという大規模な出稿が行われ、国や政党ごとの特徴も鮮明に現れた。しかし透明性評価ではMetaでさえ半分未満、Googleはさらに低く、AI利用や削除履歴といった核心的な情報が欠落していた。

 2025年10月以降、MetaもGoogleも政治広告をEU域内で止める。したがってこの報告は「最後の大規模キャンペーン」の貴重な観察記録であると同時に、規制と透明性の逆説を示す警鐘でもある。透明性を追求する制度が、むしろ監視を困難にし、研究に必要なデータを失わせる。政治広告の未来を考えるうえで避けて通れない問題がここに浮かび上がっている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました