米国AEIから発表されたAudrye Wongの報告書「Political Demonstration Effects」は、中国の対外プロパガンダの構造と効果を精密に検証した研究である。焦点は「政治的デモンストレーション効果」——つまり外国の統治パフォーマンスに関する情報が、受け手の民主主義観や自国での民主政支持にどう波及するか、という問いにある。結論は明快で、中国が発するメッセージのうち「民主主義は混乱している」という攻撃よりも、「権威主義は効率的で成果をあげている」という自国礼賛の方が、人々の態度を大きく動かす。
二つのフレーミング戦略
Wongはまず、中国のプロパガンダを二つのフレーミングに分類する。
- Democratic Disarray(民主主義の混乱)
民主制の欠陥や停滞を強調する手法。米国の議会対立、選挙操作疑惑、人種抗議などが典型的な題材だ。「US democracy = chaos(米国の民主主義は混乱だ)」や「protests show democracy failing(抗議は民主主義の失敗を示している)」といった言い回しが実際に使われている。 - Autocratic Advantage(権威主義の優位)
権威主義体制の効率性や成果を前面に押し出す手法。「China brings development to all(中国はすべての人に発展をもたらす)」「China ensures harmony and prosperity(中国は調和と繁栄を保証する)」といったフレーズで描かれる。高速鉄道網の整備や貧困削減を成果として提示し、体制と成果を直接結び付けるのが特徴である。
従来は「民主主義攻撃」に焦点が当たりがちだったが、Wongは両者を並列的に捉え、どちらが多用され、どちらが実際に効くのかを問う。
ソーシャルメディア分析:870万件のツイートに現れる傾向
最初の実証は、2009年から2023年にかけて収集された870万件のツイート分析だ。このうち中国の国営メディアや外交官の公式アカウントによる投稿が130万件、BBCやCNNなど欧米主要メディアが730万件。
埋め込みモデルを用いた語彙分析では、中国側の「China」が「development」「prosperity」「harmony」といった肯定語と強く結びついていた。つまり、中国=発展・調和・繁栄、という語彙ネットワークが一貫して形成されている。一方、「democracy」は「division」「protests」「stagnation」といった否定語と共起し、「民主主義=停滞・分断」という構図が浮かび上がった。
ただし、民主主義にネガティブな言葉が結び付くのは欧米メディアでも多く観測され、中国側だけの特徴ではない。例えば米国の人種抗議に関連して「African American」「shooting」「police」といった語が民主主義と共に現れるパターンは、中国のプロパガンダにも欧米の報道にも共通して見られた。したがって、民主主義攻撃の差別化は難しく、むしろ自国の成果を前面に出す「礼賛」の方が独自性を持つ。
3カ国調査実験:礼賛が人々の態度を動かす
次に行われたのは、ブラジル・インド・南アフリカの3カ国でのオンライン調査実験(総計約1,800人)。ここでは実際に中国メディア風の投稿を提示して、その後の回答を比較する。
被験者は三群に分けられた。
- 統制群:何も見せない。
- 民主主義の混乱群:アメリカの分断や制度不全を描いた投稿を提示。例:「米国の制度はチェックとバランスが多すぎて、政府が迅速に動けない」「米国の大統領選では選挙操作が疑われている」。
- 権威主義の優位群:中国の成果を強調する投稿を提示。例:「中国は世界最長の高速鉄道網を建設した。効率的な意思決定システムがあったからこそ可能になった」「中国政府は数百万人を貧困から救った。成果を上げるリーダーは昇進し、そうでない者は交代させられる」。
結果は明確だった。
- 「民主主義は他の体制より望ましい」と答える割合は、権威主義礼賛群で9%低下。
- 「自由選挙は民主主義の本質」と答える割合も有意に低下。
- 「強権的な指導者による統治」を支持する割合は7%上昇。
一方で「民主主義の混乱」群は効果が限定的で、自由選挙の価値を少し低く見積もる程度にとどまった。
なぜ攻撃より礼賛が効くのか
著者はその理由を二つ挙げている。第一に、民主主義の欠陥はすでに報道や経験を通じて人々に知られており、新しい情報としてのインパクトが弱い。第二に、中国の成功談は特に発展途上国にとって「新鮮で魅力的な情報」であり、希望と結びつきやすい。鉄道や貧困削減の物語は、民主主義の理想よりも即物的で説得力を持つ。
民主主義防衛への示唆
この研究が突き付けるのは、民主主義攻撃へのファクトチェックだけでは不十分だということだ。効果的なのは「権威主義は効率的で成果を上げる」という礼賛ナラティブであり、これに対抗するにはその裏にあるコストや制約を可視化しなければならない。手続的な透明性や自由の欠如が長期的には不安定さや不正義をもたらす、という対抗ナラティブが必要だろう。
結論
Audrye Wongの報告は、権威主義国家のプロパガンダを「攻撃」と「礼賛」という二つの戦略に分け、両者を大規模データと実験で比較した。結果は一貫している。攻撃よりも礼賛が効く。民主主義の擁護には、単なる誤情報訂正ではなく、権威主義が示す「成果」のイメージにどう応答するかが問われている。
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