Roots Fellowship Organizers(Roots & Climate Action Against Disinformation, CAAD)が2025年12月に公開した Roots-Powered Insights: Research on Combating Climate Disinformation Across the Global South は、アルゼンチン(Fabricio Di Giacomo)、ブラジル(Marilia Papaléo Gagliardi)、ナイジェリア/アフリカ横断(Essien Oku Essien)、南アフリカ(Cherish Vindusa)、ペルー(Silvana Arlet Condezo Pacheco)、メキシコ(Jacqueline Cruz Aguila)、ウガンダ(Ninsiima Alison Linda)という7名のフェローの個別研究を、編集・査読(Phil Newell)と統一の体裁(Sandra Ata/María Rosario Coll)で束ねた研究集である。本書で「気候偽情報」と呼ばれているのは、開発・エネルギー・デジタル基盤・メディア表象・宗教実践・政治動員が絡む場で、何が「説明」として流通し、誰の経験が黙殺され、どの制度語彙が責任の所在をずらすのかを、具体的な資料に即して追う営みとして現れる。虚偽命題の採集や単発投稿の真偽判定を中心に据えるのではなく、政策・行政・企業広報・主流報道・地域の権威・インフラ配置といった層が、どの順序で結びつき、どの言葉が何を見えにくくするのかを、地域ごとに別の資料と方法で辿ることに重心がある。
構成上の特徴は、同じテーマ語を共有しながら、対象を違え、データを違え、「偽情報」として問題化される働き方を違え、その違いを章の中に残している点にある。扱われる対象は、湾岸の港湾・パイプライン、データセンター、油流出、天然ガスメガプロジェクト、農村の降雨変動、宗教・政治空間での語りの循環といった具合に散らばる。用いられるデータも、政策文書・公式発信・主流メディア記事群、SNS動画・広告ライブラリ、住民調査・フォーカスグループ、インタビュー、政治スピーチやラジオ番組まで多層化している。そこで「偽情報」として扱われるのは、単純な虚偽の提示だけではない。省略、気逸らし、責任転嫁、植民地的な権威の使われ方、グリーンウォッシング、道徳的因果の枠組みといった形で、出来事の見え方や責任の置かれ方を変えてしまう言葉の運用が、章ごとに別の材料から掬い取られていく。以下では各章が何を観察し、どう測り、どんな構造を示し、何を結論づけるのかを章単位で追う。
アルゼンチン:San Matías Gulfをめぐる開発言説と「合法性の置換」
Fabricio Di Giacomo の章(「Disinformation Narratives in the San Matías Gulf」)は、パタゴニア北部のSan Matías Gulf/Valdés Peninsulaという、生態系・観光・沿岸生活が重なる空間に、油送管・油港・LNG船などの炭化水素プロジェクトが「進歩」「雇用」「公共インフラ」を掲げて入り込む過程を、政治・法・コミュニケーションが絡む一つの推移として描く。冒頭で湾岸の生物多様性(クジラ、イルカ、アシカ、渡り鳥、魚類、藻類、貝類など)と、保護区・国立公園・UNESCO世界遺産(Valdés Peninsula)の配置を押さえたうえで、争点が「影響が未知である」ことよりも、「影響が争点として扱われないまま、制度の側が先に組み替わる」点に置かれる。
中心的な時間軸は、1999年にリオ・ネグロ州議会が全会一致で成立させたLaw 3308 と、その撤廃である。住民・科学者・観光・漁業・社会運動の連携がプロジェクトを一時停止に追い込み、炭化水素の探鉱・採掘・試掘、荷役ターミナルやパイプライン建設までを湾内と州の領海で禁じる法的枠組みを作ったことが「成功の先例」として書かれる。だが、その均衡が2022年9月に破られる。州議会はYPFの要請でLaw 3308 を撤廃し、Vaca Muerta Oil Sur(以後、VMOS)パイプライン建設を可能にした。章はこの撤廃を、事前協議の欠落と閉鎖的な承認過程を伴う「手続の問題」として描く。先住民コミュニティとの事前協議(ILO169号条約で要請される)を欠き、密室の会期で承認され、環境情報へのアクセスや参加、司法救済を扱うエスカス条約や、環境保護を後退させないという原則に反するとされる複数の規範を同時に踏み越えた、と書き込まれる。
この法的転回を支えるコミュニケーションとして、州政府(知事・州政府公式アカウント、エネルギー・環境・労働等の機関)が主導する支配的な語りが分析される。著者はそれを二本柱として記述する。第一は経済的福祉の約束(地元雇用、ロイヤルティ、インフラ)。第二は政治的正統性の増幅(「リオ・ネグロの人々の利益」を代弁するという自己表象、知事と同盟者の政治的プロフィール強化)。ここで焦点になるのは、透明性が「実際に手続が丁寧に行われた」という意味ではなく、「規制され統制されたプロセスがあるかのように見せる」ために使われる点である。メディア露出とSNSキャンペーンを組み合わせ、「厳格な環境・労働管理」「巨大な便益」を強調する一方で、コンソーシアムとの合意条件は不透明だとされる。具体的には、州が受け取るパイプライン対価が「13年間で10億米ドル」であること、投資総額が数十億規模と見積もられること、便益配分に非対称があることが数値として提示される。さらに著者は、2024年のエネルギー部門の貿易黒字(USD 5.668 million と表記)に対し、国内に残った分が0.5%(USD 31 million)にとどまったとする既存の統計・報道を参照し、便益が地域に残りにくい仕組み(資本流出の金融メカニズム)まで論点を拡張する。ここは桁感がつかみにくいが、要点は「黒字」として計上される利益が、そのまま地域の手元に残らないという構造にある。
この章が「偽情報」として切り出すのは、単純な虚偽投稿の存在ではなく、合法性・透明性・便益という語彙によって開発が正当化され、法手続の欠落や先住民の権利、環境影響の不可逆性が見えにくくされる言説構造である。結論は誤りの訂正ではない。支配的な語りが政治統治と結びついて反復され、その反復の中で何が争点から外されていくのかを示したうえで、地域側がどの制度上の手段(参加・協議・情報アクセス)で争点化し得るかへと議論が向かう。
ブラジル:データセンターをめぐる「クラウドの重量」と環境コストの不可視化
Marilia Papaléo Gagliardi の章は、クラウドの「軽さ」を支える物理インフラの負担を誰が引き受けているのか、という問いを、ブラジルのデータセンター設置をめぐる公式言説・報道・コミュニティの受け止めの三層で追う。AI市場拡大がインフラ整備を促し、その過程で社会・環境影響が後回しにされるという問題設定を置いた上で、影響として「飲料水の大量消費」「電力需要の増大」「土地紛争」を具体的に挙げる。現場はFortaleza(セアラー州)、Eldorado do Sul と Guaíba(リオ・グランデ・ド・スル州)で、住民調査が実施される。
方法は、政府・企業・報道がデータセンターをどう語るかを集めて比べる作業、コミュニティでの実地調査、そして消費資源などを見積もる推計を組み合わせる。報道分析は2025年1月〜9月30日の期間を対象とし、最もアクセスされるデジタルニュース(読者ランキングに基づくと明記)に加え、全国ネットTV(Globo, RecordTV, SBT, Band, RedeTV!)と主要紙(Folha de São Paulo, O Estado de São Paulo, O Globo)を組み込む。Globoは放送とオンライン双方で最大級だが、二重計上を避けるため一回だけ数える、といった運用も書かれる。記事群の作り方も単なるキーワードヒットではなく、「データセンターが中心テーマ」または「政策目標・資産・利益として明示的に枠づけ」された記事に限定し、説明抜きの言及は除外する、という基準が置かれる。
結果は報道トーンの配分として提示される。集計対象238本のうち、肯定的または中立が206本(86.5%)、注意喚起(環境懸念=水不足・土地紛争・規制必要性など)が28本(11.8%)、賛否を同程度に扱う型は4本(1.7%)で、しかもそれはFolha de São Paulo に限られる。アウトレット別にも大差はなく、たとえばGloboでは106本中91本が肯定/中立(85.8%)で、注意喚起は15本にとどまる。著者はこの配分から、インフラ誘致が「投資」「近代化」「競争力」といった国家・都市のアジェンダとして語られるとき、環境影響が「注意すべき点」に押し込められ、慎重論が「過剰な慎重さ」として処理されやすい構図を引き出す。
同時に、地域住民側では、影響認識が「情報の有無」と結びつく形で現れる。飲料水の大量消費や電力需要増、土地をめぐる対立は、施設の近接コミュニティにとって抽象的な外部性ではないが、主流報道の利得フレームが強いほど、対立は「反対運動」や「足を引っ張る懸念」として切り取られやすい。ここでの気候偽情報は、虚偽の提示というより、環境コストが体系的に見えにくくされること、そしてその見えにくさが「情報の不足」だけでなく、利得とコストの語られ方の比率として測定できる点に置かれる。
ナイジェリア/アフリカ横断:植民地統治の「間接支配」がデジタルと宗教のもとで再び動く
Essien Oku Essien の章(“Colonial Logics in the Mobilization Mechanics of Climate Disinformation”)は、気候偽情報を、植民地統治で使われた「仲介者を通じて支配する」論理が、デジタル環境と宗教的権威のもとで再び動き出している現象として位置づける。鍵概念は「間接的認識支配」で、英領の間接統治(仲介者を通じて統治する)を、現代の宗教指導者・文化的インフルエンサー・バイラルなインフルエンサーが「土着の真理」として気候虚偽を正当化する仕組みに重ねる。
分析対象は、Facebook、X、YouTubeから目的抽出した気候偽情報投稿200件で、対象はアフリカ11カ国、期間は2025年1月〜6月。これに宗教性、科学への信頼、教育、メディアアクセスといった要因を重ね、「偽情報に引きずられやすいか」を説明する。相関では、宗教性が非常に強い正相関(r≈0.83)。メディアアクセスは中程度の正相関(r≈0.39)で、接続性は情報機会を広げる一方、批判的リテラシーの基盤が弱い場合には接触・曝露を増幅する「両刃」と整理される。教育は弱い負相関(r≈−0.16)で一定の保護効果を示す。対照的に「科学への信頼」はほぼ無相関(r≈0.05)で、「科学を信じる」という態度だけでは偽情報に強くなりにくい、という結果がはっきり出る。
回帰分析(最小二乗法)に進むと、宗教性とメディアアクセスが有意な予測因子として残る。宗教性はβ=1.722(p=0.001)、メディアアクセスはβ=0.548(p=0.014)。一方で科学への信頼(β=−0.363, p=0.103)と教育(β=−0.082, p=0.352)は統計的有意性を欠く。モデルの説明力はR²=0.927、Adjusted R²=0.878。観測数が国レベル11と小さい点については、説明が一国の特殊事情に引きずられていないかを確かめるための検証が重ねられる。多重共線性が強くないこと(VIF<3)、順位相関、1カ国ずつ除外する安定性検証を通じて、宗教性とメディアアクセスの効果が繰り返し残ることを示す。
結論は、対策を「正しい情報を追加する」だけに寄せない。誰が語ると「真実」として受け取られるのかという権威の使われ方に手を入れない限り、科学的事実を提示しても社会の側では十分に働かない、という立場が置かれる。宗教・文化・デジタル拡散の仕組みの中で「仲介者による権威」が繰り返し再生産される以上、コミュニケーション戦略は、信念・権威・帰属の構造を含めて設計し直す必要がある、という示唆に至る。
南アフリカ:Majuba村で現れる道徳的因果と、ラジオという到達条件
Cherish Vindusa の章(“Climate Change Communication, Culture and Disinformation in Majuba Village, Eastern Cape”)は、科学情報が届かない、あるいは届いても地域の言葉に置き換えられないとき、共同体が不確実性を処理するために採用する説明枠(道徳的因果)が、結果として気候変動理解や適応行動を遅らせる様子を、調査の手順まで含めて記述する。研究目的は、住民が気候変化をどう経験しどう説明するか、情報源がどこにあるか、誤情報・誤解を招くストーリーがどの経路で回るか、さらに「信頼される気候コミュニケーション」を村の到達条件と権威構造に沿ってどう作るか、という軸に分解される。
方法は、量的には世帯調査、質的にはフォーカスグループとキーパーソン・インタビューを組み合わせる。世帯調査は100名を予定したが、移動距離や参加可能性の制約で74件の有効回答にとどまる。年齢は15歳から65歳超までを含み、村の各セクションから男女を含める。フォーカスグループは7回、各10〜12名で、参加者は番号くじで選ぶ。各回は約90分、12問のガイドで進行し、isiXhosaとSesothoへ口頭翻訳しながら実施する。ファシリテータは2名体制で、1名が進行、1名が詳細ノート、同意のもとでビデオ収録し、後で転記する。この「翻訳しながらの討議」という条件自体が、科学語彙を地域語彙に移すときにどこで引っかかるのかを、手続として残す。
結果の中核は、変化が生活の中で可視化されている、という反復である。雨が不規則、暑さが強い、土が言うことを聞かない、といった語りが繰り返される一方、気候変動という語はほとんど使われない。原因理解は社会的・霊的な因果へ結びつきやすい。祖霊の警告、神の怒り、共同体内の葛藤、魔術的行為といった説明が出る。ここで著者が記述するのは、誤りの断定ではなく、信頼できる科学情報が欠けるとき、共同体が不運や損失を道徳的に理解する枠組みが働く、という点である。同時に、科学理解が一様に欠落しているわけではないことも併記され、複数情報源を聴取することで、高齢の伝統指導者が季節変化、汚染、極域融解、海面上昇、洪水・火災の連鎖まで含む説明を提示する場面が記録される。教育年数と理解の単純な対応を拒む記述になっている。
文化的実践として、雨乞いが「情報」ではなく「社会秩序の修復」として出る。女性が山に登って祈り歌う雨乞い、そして Iphini と呼ばれる慣習(村が別の村から木の棒を象徴的に奪い、追跡を受けながら首長の家へ走る。先に到着すれば雨が来ると信じられる)が、社会的調和と環境的調和を結びつけるローカルモデルとして描かれる。誤情報の循環経路も、プラットフォーム中心ではない。教会、葬儀、相互扶助会合、家族のWhatsAppグループの音声ノート、政治集会での党派的な語り方が列挙され、定期的でローカルに信頼される気候コンテンツが欠けると噂が埋める、と整理される。
ラジオは、この村で最も届きやすい媒体として位置づけられる。Wi-Fiのない世帯、モバイルデータの高コスト、電池で長期間動くラジオ受信機といった条件が、到達の現実を規定するためである。全国公共局(Umhlobo Wenene FM、Lesedi FM)は到達範囲が広いが、方言やローカル課題を扱いきれない。コミュニティ・ラジオがHlubiを含む家庭言語で話せることが、気候教育の実務手段として重要になる。ここでは、誰が、どの言語で、どの頻度で、どの生活文脈に差し込むかが設計変数になり、首長・議員・教師・教会指導者など既存の信頼ノードを束ね、同じ助言が複数の権威から聞こえる状態を作ることへ推奨が向かう。
ペルー:Cuninico油流出報道で作られる「責任の反転」と、省略・気逸らし
Silvana Arlet Condezo Pacheco の章(“Disinformation in Media Coverage of the 2014 and 2022 Oil Spills in the Cuninico Community”)は、報道の編集が被害認知をどう劣化させるかとして油流出報道を扱う。対象はアマゾンの先住民Kukama Kukamiriaの領域Cuninicoで発生した油流出で、分析期間は2014〜2024年。データはデジタルニュース記事165本(伝統メディア3、オルタナティブ3)で、そこから媒体別記事数に比例して80本を無作為抽出する。伝統メディアは El Comercio、La República、RPP。オルタナティブは Servindi、Actualidad Ambiental(SPDA)、Wayka。伝統メディア選定の根拠として、Reuters Institute Digital News Report 2024 の週次到達率(RPP 24%、El Comercio 23%、La República 22%)を明記する。対象地域が首都から遠いことが、そのまま報道量と深度に反映される、という比較(Lima近郊のLa Pampilla流出を扱った先行研究では、伝統メディアのみ162本の大規模な記事群が作れた)が章の骨格になる。
整理は量とフレームの両方で進む。記事数では、オルタナティブが96本、伝統が69本。さらに焦点になるのは2022年流出で、Petroperúおよび国家側の公式が責任を先住民コミュニティに負わせる語りを作り、それが伝統メディアで強化される点である。著者はこのときの「偽情報」を二つの型として名指す。省略と気逸らしである。省略は、被害の原因・責任・企業側の過失や管理不全、慢性的なインフラ老朽化、補償・対応の遅延といった要素が記事から欠落することで成立する。気逸らしは、別の争点(秩序、治安、対立)を目立たせ、先住民側が「問題を起こす主体」として表象されることで成立する。ここでの気候偽情報は、同じ出来事について「何が見えるか」を配分する編集行為として定義される。
メディア類型の差は、倫理的批判というより、到達構造と継続報道の機能差として書かれる。伝統メディアは首都圏の事件を大量に扱い得るが、周縁の事件は公式発表に依存し、結果として責任のフレームが転倒しやすい。オルタナティブは、事件を継続して書くことで、公式フレームが固まる前に別の証言・別の資料を差し込む。対策として必要になるのは訂正記事の追加よりも、周縁事件が継続的に報じられる制度条件(取材資源、到達、専門性)である、という示唆が残る。
メキシコ:Project SaguaroをめぐるYouTube/Facebook言説の分解と、「遅延・誤導」の実装
Jacqueline Cruz Aguila の章(“Project Saguaro: Natural Gas Megaprojects and Propaganda”)は、天然ガスメガプロジェクト Saguaro Project をめぐるオンライン偽情報を対象とし、期間は2023〜2025。方法は質的分析だが、収集は広告アーカイブ(Metaの広告ライブラリ)とYouTube検索を組み合わせ、コード体系を細かく切っている。検索語は、天然ガス、移行燃料としてのガス、Plan Sonora、Sierra Madre pipeline、Gulf of California pipeline、Saguaro Project、Mexico Pacific Limited など、プロジェクト名・路線名・主要関係主体の語で構成され、立場(賛否中立)、パートナー言及、主要ナラティブ、偽情報レトリック、フレーミング種類でコーディングする。分析期間は三分割される。①プロジェクト発表(2023年7月〜2024年9月)、②「Whales or Gas?」キャンペーン期(2024年10月〜2025年7月)、③影響と遅延(2025年8月〜10月)。
結果はYouTubeとFacebookで別に出る。YouTubeは120本を分析し、主要ナラティブを「プロジェクト影響」「持続可能エネルギー」「移行燃料」「その他」に分類する。影響に焦点を当てた97本では、賛成19、中立5、反対73で、賛成は2023〜24に散在し、反対キャンペーン期には賛成が消える。ここで著者が精査するのは反対側の動画も含む点で、反対動画47本を対象に偽情報ディスコースを分析し、そのうち19本に偽情報ディスコースを確認する。偽情報の類型は「誤導」が82%で、否認と遅延が各9%。フレーミングは経済的帰結が79%、責任が21%。誤導ナラティブは経済成長、クリーン/持続可能エネルギー、排出に関する語りと結びつき、プロジェクトの実態や影響を「移行のため」「必要な投資」として読み替える。
Facebookは134投稿を対象にし、43%が偽情報ナラティブを含む。主要ナラティブは「天然ガス便益」(33%)、「プロジェクト影響」(24.5%)、「開発計画」(20%)、「移行燃料」(1.5%)、「その他」(21%)。フレーミングは経済とヒューマン・インタレストが多い。パートナー言及は薄く、58投稿中 Mexico Pacific Limited を挙げたのは8本で、他のパートナーは言及されない。発信主体の内訳は、政府系が48%(州政府、知事、市長、議員、連邦電力委員会まで含む)、スパムアカウント24%、コンテンツクリエイター20%、金融グループ6%。広告配信の跨り(Facebook/Instagram同時配信)も記録され、プロジェクトをめぐる「便益」言説が政府主体を含む形で配布される構図が見える。
この章が示すのは、偽情報の主戦場が否認の断言ではなく、誤導と遅延の組み合わせとして現れる点である。経済・移行・便益の枠づけが、責任・影響・パートナー構造を薄める形で流通し、発信主体(政府、スパム、クリエイター、金融)によって分布が違う、という構造が提示される。
ウガンダ:気候変動が別名で語られる社会で、政治・宗教・若者が作る誤導
Ninsiima Alison Linda の章(“Rain is Political and Other Climate Truths”)は、ウガンダ南西部Ntungamo District のNgoma Sub-county を中心に、気候変動が「気候変動という名」で理解されない状況から出発する。住民は不規則な降雨や環境変化を日常会話の至る所(コミュニティ会合、ラジオ、女性グループ、教会、政治空間、SNS)で語るが、それを気候変動に結びつけて説明できない。この断絶の上に、政治と宗教が誤導を載せる、という構図が置かれる。
方法は質的で、1対1インタビューを採用する。対象は若者、宗教指導者、農民で、各グループ約10人。加えて政治スピーチ、メディア報道、SNS(TikTok)とラジオをテーマ分析し、農村(ラジオ・教会・政治集会に依存)とデジタルに活発な若者(SNS上で誤情報に遭遇)の差に注意を置く。議論部では政治操作が先に出る。植林(とくにユーカリ)、農業種子、カーボン市場、補助金が「選挙公約」として提示され、解決策として過大に語られることでグリーンウォッシング化する。ユーカリ植林が土壌を殺した地域でさえ「木を植えれば全部解決する」といった言い回しが流通する、という証言が置かれ、気候解決策が政治的可視性の道具になる状況が記述される。宗教・文化ナラティブも別レイヤーとして働く。洪水は神罰、干ばつは祖霊の怒りといった解釈が強いと、適応策や原因理解へつなげにくい。ここでも、解釈枠が原因理解と行動の接続を断つ、という形で誤導が捉えられる。
研究集全体が示す共通項と、章ごとに異なる仕組みの束
7章に共通するのは、気候偽情報が「虚偽の一文」ではなく、権威の使われ方、媒体の届き方、法制度、報道の配分、フレーミングが組み合わさって現れる、という観察である。ただし、その組み合わさり方の順序と、前に出てくる層は章ごとに異なる。アルゼンチンでは、法手続(協議・参加・情報アクセス)の欠落が、便益と透明性の演出で覆われる。ブラジルでは、物理インフラの環境コストが投資・近代化フレームの中で注意喚起枠へ押し込められ、その偏りが報道量の配分として測定される。Essienの章では、植民地統治の論理が、宗教性とメディア接触の度合いという要因として強く残り、「科学を信じる」という態度が防波堤になりにくいという結果が統計的に示される。Majubaでは、道徳的因果と儀礼が情報欠如時の意味生成として現れ、対策は言語と媒体の到達条件(コミュニティ・ラジオ)に降りてくる。Cuninicoでは、責任転嫁は省略と気逸らしで作られ、中心メディアの到達構造がそれを増幅する。Saguaroでは、誤導と遅延が主要類型となり、政府を含む発信主体の分布が明示される。ウガンダでは、解決策の政治利用と宗教解釈が原因理解と適応を切断する。
本書が提示しているのは、偽情報対策を「正しい情報を足す」だけで終わらせず、誰が語ると真実になるのか、何が届くのか、どの手続が消されるのか、何が省略されるのか、便益・経済・移行の枠づけがどう影響を薄めるのか、といった要所を、地域ごとの素材に即して書き直す枠組みである。各章は、その要所を別の順序で示し、制度、媒体、権威、編集、広告配信、政治動員といった別々の介入先を示している。

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