World Economic Forumの第21版Global Risks Report 2026は、2025年8月から9月にかけて実施された大規模調査に基づき、2026年から2036年までのグローバルリスク構造を分析している。本稿では、特に偽情報・誤情報リスクの急速な台頭とその詳細なメカニズムに焦点を当てて紹介する。
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調査の規模と方法論
Global Risks Report 2026の基盤となるGlobal Risks Perception Survey 2025-2026は、学術界・ビジネス・政府・国際機関・市民社会から1,300人を超える専門家の見解を集約している。調査期間は2025年8月12日から9月22日。これに加えて、116カ国11,000人以上のビジネスリーダーを対象としたExecutive Opinion Survey 2025のデータも統合され、グローバルな視点と各国固有の懸念の両方を捉えている。
調査では33のグローバルリスクを対象とし、それぞれを3つの時間軸で評価している。2026年の即時的リスク、2028年までの短期的リスク、2036年までの長期的リスクという枠組みだ。各リスクについて、回答者は1から7のリッカート尺度でseverity(深刻度)を評価し、さらにリスク間の相互関連性、ガバナンスアプローチの有効性、将来見通しについても回答している。
方法論的には、定量データと定性データを組み合わせている。2025年5月から11月にかけて161人の専門家から収集された見解は、World Economic ForumのCentres of expertiseや各種コミュニティミーティング、個別インタビュー、テーマ別ワークショップを通じて得られた。Global Risks Report Advisory BoardとChief Risk Officers Communityも貢献している。
2026-2036年のリスク構造
2026年の即時的リスクとして、回答者の最大の懸念は地政学的経済対立で、18%がこれを選択している。国家間武力紛争が14%で続き、極端気象が8%、社会的二極化と偽情報・誤情報がそれぞれ7%で並ぶ。経済減速が5%、人権・市民的自由の侵食が4%、AI技術の悪影響が4%、サイバーセキュリティが3%、不平等が3%と続く。
2年間のタイムホライズン(2028年まで)では、リスクランキングに顕著な変動が見られる。地政学的経済対立は前年の第9位から第1位へと8ポジション上昇し、トップリスクの座を占めた。偽情報・誤情報は第2位に浮上している。社会的二極化が第3位(前年から1ポジション上昇)、極端気象が第4位(前年第2位から低下)、国家間武力紛争が第5位となった。
経済リスクは全体として最も急激な上昇を見せている。経済減速とインフレーションはそれぞれ8ポジション上昇し、第11位と第21位に。資産バブル崩壊は7ポジション上昇して第18位となった。経済減速のseverity scoreは、地政学的経済対立に次いで前年比で2番目に大きな増加を記録している。
一方で環境リスクは短期的優先順位において後退している。極端気象は第2位から第4位へ、汚染は第6位から第9位へ、地球システムの重大変化は7ポジション下落して第24位に、生物多様性喪失とエコシステム崩壊は5ポジション下落して第26位となった。全ての環境リスクが前年比でseverity scoreを低下させている。
10年間のタイムホライズン(2036年まで)では、環境リスクが圧倒的な存在感を示す。極端気象が第1位を維持し、生物多様性喪失とエコシステム崩壊が第2位、地球システムの重大変化が第3位、自然資源不足が第6位、汚染が第10位と、上位10リスクの半分を環境リスクが占める。偽情報・誤情報は第4位を維持し、AI技術の悪影響が第5位に急浮上している。
将来見通しについて、回答者の50%が今後2年間を「turbulent(激動)」または「stormy(嵐)」と予測している。これは前年比で14パーセントポイントの増加だ。10年間の見通しではこの数字が57%に悪化する。2年間について「calm(穏やか)」または「stable(安定)」を選んだのはわずか10%、10年間ではさらに11%に過ぎない。
リスクカテゴリー別に見ると、2年間では地政学的リスクへの懸念が最も高く、回答者の3分の2近くが激動または嵐の見通しを選択している。10年間では環境リスクへの懸念が最も高く、4分の3近くが激動または嵐を予測している。唯一の例外は技術リスクで、2年間で32%、10年間でも18%が穏やかまたは安定的な見通しを持っている。
偽情報・誤情報リスクの急速な台頭
ランキング変動の意味
偽情報・誤情報は前年の2年間ランキングで第10位だったが、今年は第2位へと急上昇した。これは単なる順位変動ではなく、専門家コミュニティ全体における認識の根本的変化を示している。全てのステークホルダーグループ——学術界、ビジネス、市民社会、政府、国際機関——が一様に、偽情報・誤情報を2年間の主要リスクとして認識している。
年齢層別の分析では、30歳未満の若年層が地政学的経済対立よりも偽情報・誤情報を重視している点が特徴的だ。この世代はデジタルネイティブとして、情報環境の劣化を最前線で経験している。
Executive Opinion Survey 2025の国別データは、この懸念が地理的に広範囲に及んでいることを示す。4カ国が偽情報・誤情報を最高ランクのリスクとして選択し、67カ国でトップ10リスクに含まれている。地域別では、北米で第2位、ヨーロッパと東アジアでトップ3に入る。アフリカ、ラテンアメリカ、東南アジアの一部でもトップ10に位置している。
ニュース信頼の構造的崩壊
Reuters Institute Digital News Report 2025が提供するデータは、情報エコシステムの深刻な劣化を定量的に裏付けている。ニュースへの信頼度は2018年の54%から2025年には40%へと14パーセントポイント低下した。同じ期間に、ニュース回避は32%から40%に増加し、偽情報への懸念は40%から58%へと18パーセントポイント上昇している。
グローバル平均で58%の回答者がオンラインニュースにおける真偽の判別に懸念を抱いており、この数字はアフリカと米国では73%に達する。信頼の危機は特定地域の問題ではなく、先進国・途上国を問わず広がっている。
ソーシャルメディアのニュースソース化が急速に進行している。米国では、ソーシャルメディアを主要なニュースソースとする人の割合が2015年の4%から2025年には34%へと劇的に増加した。2025年には初めて、テレビや従来のニュースウェブサイトよりもソーシャルメディアと動画プラットフォームを通じてニュースにアクセスする人が多くなった。ラテンアメリカ、アフリカ、東南アジアの一部でも同様の急増が見られる。
AIツールの情報探索への利用も急拡大している。2024年の11%から2025年には24%へと倍増した。Reuters Instituteの調査は、一般市民がAI導入によってニュースの透明性、正確性、信頼性が低下すると懸念していることを明らかにしている。従来の編集プロセスを経ないAI生成コンテンツの増加が、情報の質への不信を増幅させている。
Deepfakesによる現実の再定義
過去5年間でdeepfake技術は劇的に進化した。作成がより容易になり、コストが低下し、説得力が向上している。2024年の「スーパー選挙年」では、deepfakesが選挙プロセスに影響を与える新たな現象が観察された。米国、アイルランド、オランダ、パキスタン、日本、インド、アルゼンチンの選挙では、架空の出来事を描写したり政治候補者の信用を毀損したりするdeepfakeコンテンツがソーシャルメディア上に流通し、事実と虚構の境界を曖昧にした。
英国での調査は、問題の深刻さを浮き彫りにしている。87%がdeepfakesが選挙結果に影響することを懸念しているが、多くの人が操作されたコンテンツを識別する能力に自信を持っていない。認識と対処能力の間に大きなギャップが存在する。
AIを使用してコンテンツをより個人化し説得力を高める技術が進化するにつれ、deepfakesの選挙への影響はさらに拡大するリスクがある。研究によれば、AIが作成したコンテンツは個々の受信者に合わせて調整され、より効果的に世論を操作できる可能性がある。
民主主義国家では、選挙が証拠の真正性そのものを争点とする状況が生まれつつある。あらゆるスキャンダルをdeepfakeとして否定でき、同時にあらゆるdeepfakeが本物である可能性を持つ。この状況は、民主的プロセスの根幹である事実に基づく議論を不可能にする。
独裁体制においても影響は劇的だ。恐怖と陰謀論が繁栄し、暴力を扇動する可能性がある。権威主義的政府はdeepfakesを反体制派への攻撃や社会統制の強化に利用できる一方、反体制勢力も同じツールを使用できるため、情報空間全体が信頼性を失う。
アルゴリズムによる視点の断片化
ソーシャルメディアとAIツールへの依存の増大は、アルゴリズムバイアスの影響を強化している。これらのプラットフォームは、ユーザーの既存の見解に沿った情報を優先的に表示するため、個人は自分の信念を強化する情報のみに触れることになる。その結果、同じ現実世界の出来事について、人々は大きく異なる視点を持つようになる。
この現象の影響は表層的なものにとどまらない。現実世界の出来事がオンラインでどう解釈されるかと、ソーシャルメディア上での暴力的コンテンツの流通増加が組み合わさることで、深刻な帰結が生じている。アルゴリズムは異なる視点を選択的に異なる聴衆に配信し、見解の硬直化に寄与する。
コミュニティは自らの情報バブル内で分断され、共有された事実の基盤が失われていく。政策論争は、何が起きたかという基本的事実についての合意すら形成できなくなる。この断片化は、集団的問題解決を必要とする課題——気候変動、パンデミック対応、経済政策——への効果的な対処を困難にする。
暴力への感覚麻痺
2024年は36カ国で61の紛争があり、冷戦終結以降で4番目に致命的な年となった。これらの紛争に関するコンテンツは、アルゴリズムを通じて配信され、異なる視点が選択された聴衆に共有される。この配信メカニズムは見解の硬直化に寄与するだけでなく、さらに深刻な影響をもたらしている。
暴力的コンテンツの反復的な共有は、視聴者がそれを「正常」なものとして認識するようになる過程を加速させる。研究は、高レベルの暴力的コンテンツへの露出が感情的鈍感化と関連していることを示している。人々がニュースや分析を消費する方法と、そのコンテンツの性質が相まって、他者の命への共感からの断絶を生み出している。
アルゴリズムによって選択されたコンテンツの反復的露出は、視聴者を無関心と無感動に導く。人間の悲劇が日常的なコンテンツの一部となり、感情的・認知的な距離が生まれる。この感覚麻痺は、人道的介入への支持を弱め、紛争の長期化を容認する社会的雰囲気を作り出す可能性がある。
AI技術との相互関連性
偽情報・誤情報リスクを理解するには、AI技術の悪影響との相互関連性を検討する必要がある。Global Risks Perception Survey 2025-2026において、AI技術の悪影響は2年間のタイムホライズンで第30位と低い位置にあるが、10年間のタイムホライズンでは第5位へと急上昇する。これは全33リスク中で最大の上昇幅であり、専門家が長期的にAIの影響を極めて深刻に捉えていることを示している。
severity scoreで見ると、2年間では3.50だが10年間では5.28へと大幅に上昇する。この変化は、AI技術が現時点では比較的制御可能と見なされているが、時間の経過とともに制御がより困難になり、影響が拡大すると予測されていることを意味する。
リスク相互関連性のネットワーク分析では、AI技術の悪影響と偽情報・誤情報の間に強い関連性が描かれている。この関連性は一方向ではなく、相互に強化し合う。AIが偽情報・誤情報の生成と拡散を容易にし、偽情報・誤情報の蔓延がAIシステムへの信頼を損なう。

10年以内に懸念されるシナリオとして、レポートはrealistic deepfakesとAI生成偽情報の遍在化を挙げている。動画、音声、文章のいずれであっても、本物と合成コンテンツを区別することが進歩的に困難になる。この状況が進行すれば、市民が真実と欺瞞を区別することが不可能になる段階に達する。その結果は、基本的事実についてのコンセンサスが崩壊した、断片化された公共圏だ。
民主主義国家では、選挙において証拠の真正性そのものが争点となる。スキャンダルはすべてdeepfakeとして退けられ、同時にあらゆるdeepfakeが本物である可能性を持つ。この状況では、有権者が候補者や政策について情報に基づいた判断を下すことが事実上不可能になる。
独裁体制においても影響は劇的だ。恐怖と陰謀論が繁栄し、市民を暴力に扇動する可能性がある。権威主義的政府がAI生成コンテンツを社会統制の道具として利用する一方、反体制派も同じツールを利用できるため、情報空間全体の信頼性が崩壊する。
AIと偽情報の相互関連性は、社会的二極化をさらに深化させる。レポートは、技術を受容する人々と拒絶する人々の間でコミュニティが分裂する可能性を指摘している。この分断は既存の社会的二極化をさらに強化し、共通の基盤を見出すことを一層困難にする。
AI技術がmisinformation and disinformationと結びつくことで生じるリスクは、他のリスク領域にも波及する。サイバーセキュリティ、人権・市民的自由の侵食、監視と検閲、オンライン上の危害、さらには犯罪と違法経済活動といったリスクが、すべてAI技術の悪影響と関連している。これらのリスクが同時に顕在化すれば、相互に強化し合うカスケード型の危機が発生する可能性がある。
政策対応とガバナンスの方向性
Global Risks Perception Survey 2025-2026は、リスク削減と準備のために今後10年間で最も効果的なアプローチについても調査している。社会的二極化への対処として、回答者が最も重要と考えるのはrepresentative multi-stakeholder dialogueだ。複数のパートナーが提供する資金、技術、知識、データを組み合わせることで、取り組みの影響を増幅できる。広範なステークホルダーを関与させることは、正当性、信頼、説明責任を高め、より広範な参加と支援を促進し、最終的に取り組みの拡張性と持続可能性を向上させる。
社会的二極化に対する具体的アプローチとして、Public awareness and educationが29%の回答者によって選択され、トップアプローチとなっている。技術が洗練度を増し続ける中、デジタルリテラシーの向上が急務だ。デジタルリテラシー施策は、アルゴリズムとデータが個人のオンライン経験にどう影響するかを理解させ、偏見のあるコンテンツや有害なコンテンツを認識し対処するための批判的思考スキルを育成する必要がある。
政府、市民社会、民間セクターの組織はすべて、こうした取り組みを前進させる役割を担っている。キャンペーンが多様なコミュニティにアクセス可能であることを確保する必要がある。教育カリキュラムへの組み込み、メディア製品の活用、コミュニティレベルでの啓発活動など、複数のチャネルを通じた展開が求められる。
政策立案は、本物のコンテンツを識別し、デジタル信頼を向上させるための支援も検討すべきだ。コンテンツの真正性を保証するための標準と技術的ソリューション——デジタル透かし、コンテンツの由来と履歴、ブロックチェーンベースの権利管理など——が現在開発段階にある。これらは信頼できる情報エコシステムを支援する可能性を持つ。
しかし、大規模での採用成功には、共有された原則、規則、技術標準に整合した政策枠組みが必要だ。国際的な調整なしには、各国が異なる標準を採用し、グローバルな情報流通において断片化が進む。技術標準の国際的調和は、国家主権と規制権限の問題と複雑に絡み合っているため、実現は容易ではない。それでも、最低限の共通基盤を確立する努力は、情報エコシステム全体の信頼性向上に不可欠だ。

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