「デジタルの最前線」――UNICRIが描く紛争下の技術活用型ジェンダー暴力

「デジタルの最前線」――UNICRIが描く紛争下の技術活用型ジェンダー暴力 ジェンダー

 国連地域間犯罪司法研究所(UNICRI:United Nations Interregional Crime and Justice Research Institute)は2026年、紛争・脆弱国家における技術活用型ジェンダー・ベースト・バイオレンス(TFGBV:Technology-Facilitated Gender-Based Violence)の実態を分析した報告書「The Digital Frontline: Emerging Evidence on Technology-Facilitated Gender-Based Violence in Fragile and Conflict Settings」を発表した。本報告書はイタリア外務・国際協力省の資金支援を受けて作成されたものであり、報告書自身が明記する通り、表明された見解は著者個人のものであって国連事務局・UNICRIあるいは資金提供国の立場を反映するものではない。調査はグローバルなデスクレビューに加え、ウクライナ・スーダン両国を対象としたケーススタディと、政府・国際機関(OSCE、アフリカ連合等)・専門家への13件のキーインフォーマント・インタビューによって構成されている。著者らも認めている通り、収集された証拠は証言・逸話的事例に基づく質的データが中心であり、統計的代表性を持つものではない。この限界は分析全体を読む際の前提として留意する必要がある。

調査の射程と方法論的制約

 本報告書の出発点は、TFGBV研究の多くがこれまで様々な文脈における現象一般を対象としており、紛争・脆弱性によって状況がどう変化するかを体系的に分析してこなかったという指摘である。国連安全保障理事会決議1325(2000年)に始まる女性・平和・安全保障(WPS:Women, Peace and Security)アジェンダは、参加・保護・予防・救済と復興の四本柱で構成されるが、その中核的決議群はデジタル領域における暴力を明示的には対象としていない。国連事務総長によるWPS年次報告書は2024年版(S/2024/671)でデジタル空間における脅威の不均衡な影響を指摘し、2025年版(S/2025/556)ではサイバー空間・宇宙領域への紛争拡大という新たな課題にも言及しているが、各国の行動計画(National Action Plan、以下NAP)への反映は限定的である。世界で採択された109のNAPのうち、デジタル安全保障やサイバー犯罪、オンライン上の不均衡な被害に言及しているのはわずか19件(約17パーセント)に過ぎないという数値が示されている。例外的な先行事例として、ASEANが2022年の地域行動計画にサイバーセキュリティを組み込んだこと、フィリピンが2023〜2033年NAPで東南アジア初めて明示的にサイバーセキュリティを組み込んだこと、ムスリム・ミンダナオ自治区(BARMM)が準国家レベルで同様の対応を取ったことが挙げられている。

 調査手法上の限界として、報告書は以下を明示している。第一に、紛争影響下にあるウクライナ・スーダンでのデータ収集はオンライン中心の調査に依存せざるを得ず、話題自体の機微さも障壁となった。第二に、武装・安全保障部門に従事する女性の経験については公的に利用可能な情報が乏しく、既存文献は組織内部のジェンダー力学に焦点を当てる傾向があり、デジタル上の攻撃への注目は限定的であった。結果として、この集団に対するTFGBVの実態は過小記録になっている可能性が指摘されている。

TFGBVの定義と類型整理

 報告書は2018年の国連特別報告者(女性に対する暴力、その原因と結果に関する特別報告者)による定義と、2022年にUN Womenが招集した専門家グループによる定義の二つを紹介している。前者は「携帯電話・スマートフォン・インターネット・ソーシャルメディア・電子メールなどICTの使用によって、一部または全部が実行・助長・悪化させられたジェンダーに基づく暴力行為」とし、後者は「ICTまたはデジタルツールの使用によって実行・助長・悪化・増幅され、ジェンダーを理由とする身体的・性的・心理的・社会的・政治的・経済的損害、または権利と自由の侵害を結果としてもたらす、またはもたらす可能性のある行為」と定義している。世界人口の約82パーセント(10歳以上)が携帯電話を所有し、約60億人がインターネットに接続している現状(国際電気通信連合:ITU、2025年データ)が、この暴力形態の構造的な拡大基盤として示されている。

 報告書は類型を表形式で整理しており、主要なものとして以下が挙げられる。ヘイトスピーチ、サイバーいじめ(cyberbullying)、サイバー媒介の人身取引、サイバー嫌がらせ(cyberharassment:単発でも成立する点でストーキングと区別される)、サイバーモブ(組織的な集団攻撃)、サイバーストーキング、サイバー性的嫌がらせ、偽情報(disinformation)、ドキシング(個人情報の無断公開で「ドロッピング・ドックス」が語源)、ジェンダー化された偽情報、ハッキング、なりすまし、画像ベースの虐待(image-based abuse)、誤情報(misinformation:意図的悪意を伴わない点でdisinformationと区別される)、セクストーション、ショーローフェイク(shallowfake:基礎的な編集ソフトによる加工で、機械学習を用いるディープフェイクとは区別される)、トローリングである。

 特に「ジェンダー化された偽情報」については、虚偽性・悪意・組織性という三要素を兼ね備えた情報活動として位置づけられ、女性を弱く無能で性的対象として描写し公的空間から排除する、フェミニズムや女性の権利運動そのものを正当性を欠くものとして描く、という二重の目的を持つと整理されている。また画像ベースの虐待に関しては、2023年の調査(Security Hero, State of Deepfakes)の引用として、オンライン上のディープフェイクコンテンツの98パーセントが非同意性的コンテンツであり、その被写体の99パーセントが女性であるという数値が示されている。

紛争がTFGBVを増幅する構造

 報告書が提示する中心的論点は、脆弱・紛争影響国における制度の弱体化、暴力の拡散、社会的結束の侵食が、デジタル技術を用いた女性への威嚇・監視・信用失墜・沈黙化の条件を作り出すという点である。ドキシングは逮捕・報復・物理的暴力への直接的な入口となり得る。スーダンでは女性人権擁護者の写真からヒジャブを除去する加工が宗教的・文化的口実として動員され、暴力を正当化する文脈で使われた例が挙げられている。

 量的データとしては、Economist Intelligence Unit(2021年)の調査がアフリカ・中東地域で報告されるオンライン虐待のレベルが他地域より高いことを示しているが、報告書自身が因果関係の証明には至らないと留保している。一方、これらの地域には紛争影響国が多く、ジェンダー平等やWPS指標でも低い評価を受けている傾向があり、構造的なジェンダー不平等と紛争・脆弱性、デジタル暴力への露出の間に何らかの相関関係が存在する可能性を示唆するとされる。

 国別の具体的データとして、イエメンに関するACAPSのブリーフィングノート(2024年)は、インターネットにアクセスできる人々の中で女性の約69パーセントが何らかのオンライン暴力を経験したと報告しており、これは男性の32パーセントと比較される。同報告書は、イエメンの市民社会・平和構築活動に関与する女性を、外国勢力と結びつけて国を「破滅させようとしている」とする偽情報キャンペーンの存在を文書化している。北西シリアに関するACAPS・UNFPA共同分析(2025年)は、危機的状況・政治的不安定の時期にTFGBVが急増することを示している。

 国連事務総長による紛争関連性的暴力報告書(2024年、S/2024/292)は、ミャンマー・アフガニスタン・リビア・イエメン・エチオピアの事例を挙げている。ミャンマーでは国民統一政府支持派の女性が性的露骨画像の流布や暴力を扇動する性差別的言説の対象となり、アフガニスタン・エチオピアでは人権団体や女性人権擁護者がオンライン上の嫌がらせと威嚇の対象となった。リビアでは性的暴行が撮影されオンラインで共有された事例があり、ある事例では被害者が武装集団をソーシャルメディア上で公然と非難した後にこれが行われたとされる。2025年版報告書(S/2025/259)はアフガニスタン・シリアにおける同様の傾向継続を記録している。

 ミャンマーに関しては、Centre for Information Resilienceの調査プロジェクト「Myanmar Witness」(2024年)が約160万件のテレグラム投稿を分析し、2021年の軍事クーデター後、国民防衛隊(PDF)に参加する女性や国民統一政府支持女性を標的とした政治的motivatedなオンライン虐待を特定している。これらの女性は「道徳的に堕落している」「男性メンバーの性的対象」といった反復的な言説のもとに描写され、隠語・性的に挑発的な言語を用いた攻撃によりレイプを含む性的虐待が常態化・軽視されていた。ドキシングも頻発し、自宅住所や写真などの個人情報が公開され、オフラインでの暴力や逮捕に直結した。

ジャーナリスト・政治家・人権擁護者への影響

 UNESCOの2021年研究「The Chilling: Global Trends in Online Violence Against Women Journalists」は、125カ国の女性ジャーナリスト901人への調査、173件の詳細インタビュー、Facebook・Twitter上の250万件超の投稿を分析した二つのビッグデータケーススタディ(対象:キャロル・カドワラダー、ノーベル平和賞受賞者マリア・レッサ)に基づき、調査対象の女性ジャーナリストの73〜75パーセントが業務上何らかのオンライン暴力を経験したと報告している。レッサ氏に関する記述では、国家と結びついた偽情報に関する調査報道への反応として、一時はFacebook上で時間あたり90件超の憎悪メッセージを受信したという記録が紹介されている。

 政治家層に関しては、列国議会同盟(Inter-Parliamentary Union)によるアジア太平洋地域の調査(2025年)で、調査対象の女性議員の60パーセントがヘイトスピーチ・偽情報・画像ベースの虐待・ドキシングのいずれかの標的になったと報告されている。イエメンの女性政治家については、ボット・偽アカウント・加工コンテンツを用いた組織的なデジタル工作が私生活を標的とし、ディープフェイクを含む手法で信用失墜と沈黙化を図る事例が紹介されている。

 女性人権擁護者に対しては、スパイウェアによる監視という、より不可視な暴力形態も指摘される。NSOグループが開発したペガサス・スパイウェアは、2016年から2018年の間に推定5万人の個人(活動家・著名な公人を含む)を標的にしたとされ、性別分離データは公的に存在しないものの、市民社会団体はそのジェンダー的含意を強調している。

ウクライナのケーススタディ

 ウクライナは2022年にWPSに関するNAPを改定し、現在は新たなNAPの策定が進行中である。インタビュー対象者によれば、新NAPは前回計画に欠落していたTFGBVを明示的に取り扱う可能性があるとされる。ウクライナ軍には現在7万5千人超の女性が在籍し、これは2022年比で20パーセント増、うち5,500人超が前線に直接配置されている(ウクライナ国防省データ)。ドローン操縦も女性兵士の主要な戦闘任務の一つとなりつつある(Forbes, 2026年3月)。

 軍内部における女性は、制度的な「ソフトな差別」――前線配置からの除外、特定任務からの遠ざけ、男性以上の能力証明の要求――に直面する一方、オンライン上では性差別的・蔑視的なトローリングの対象となっている。インタビュー対象者の発言として「女性の権利を保護する取り組みは、すぐにオンラインでの嫌がらせや誹謗の対象になる。これは声を上げたい女性にさらなる圧力を生み、しばしば燃え尽きや疲弊につながる」という証言が紹介されている。

 最も組織的な攻撃形態として報告書が詳述するのは、ロシア側アクターによる協調的偽情報キャンペーンである。これは二つの目的を持つとされる。第一に、女性部隊が前線に送られていることをもって、男性兵力の不足、すなわちウクライナ軍の国家的弱体化の証左として描写すること。第二に、安全保障部門に所属する女性を沈黙させ、新規入隊を抑制することである。テレグラム上で拡散した一例として、ウクライナ国防省が妊娠中の女性兵士向け軍服を開発するという小規模プロジェクトが、「妊娠中の女性すら徴兵している」という虚偽の主張に歪曲された事例が挙げられている。ディープフェイク・加工画像・動画によって女性部隊が「離脱した」「集団的性暴力を受けた」とする誤った描写を流布する事例も報告されており、目的は女性の軍務動員に対する恥の感情を煽ることにあるとされる。

 報告書はさらに、軍人家族(妻・母・娘)がこうした偽情報の標的として特に脆弱な集団であると指摘する。専門的なネットワークや保護的なツールへのアクセスを欠くことが多いこの集団は、軍当局・指導部への不信・憤りを煽り、軍コミュニティ内部の不和を生み出す目的で標的化されており、報告書はこれを対外情報操作・干渉(foreign information manipulation and interference)の一環とする政治的偽情報として位置づけている。

 市民社会・メディア領域では、Women in Media(WIM)Ukraineが文書化したジャーナリストへの攻撃事例として、軍事関連報道後に複数のソーシャルメディア上で性的暴力の脅迫と個人データの流布を伴う嫌がらせの波を受けた女性記者の例が紹介されている。拡散の主要プラットフォームはテレグラムであり、編集上の監督が存在せず匿名チャンネルが拡散する構造が、Detector Mediaの分析(2023年)でも指摘されている。次いでViberが地域コミュニティレベルでの噂の増幅に、TikTokが若年層への感情的フレーミングに、YouTubeが家族層への影響に、それぞれ機能していると整理されている。

スーダンのケーススタディ

 スーダンのインターネット普及率は2018年の約29パーセントから2025年には約42.4パーセントに拡大した(Data Reportal)。2019年のオマル・アル=バシール政権打倒革命では、抗議者の最大70パーセントを女性が占めたとされ、デジタルプラットフォームはデモの動員・人権侵害の記録において重要な役割を果たした。しかし革命後の楽観は急速に後退し、過渡期政府における女性の代表は閣僚4名・主権評議会2名にとどまり、過渡期政府に参加した女性活動家はTFGBVの波に晒された。

 2023年以降、スーダン国軍(SAF)と即応支援部隊(RSF:Rapid Support Forces)の内戦が深刻な人道危機と市民空間の崩壊をもたらす中、Facebook・WhatsApp・TikTok・Xは双方の紛争主体によるプロパガンダ・監視・ヘイトスピーチ・標的的嫌がらせの手段として利用されている。とりわけ示唆的な事例として、RSF所属の女性戦闘員が「血統の純化」のための強姦を兵士に公然と呼びかけた事例が紹介されており、報告書はこれをデジタル上の煽動・女性嫌悪・紛争関連性的暴力が収束する事例として位置づけている。

 女性人権擁護者・活動家・ジャーナリストに対する攻撃の構造として、報告書はNadia Al-Sakkaf氏による研究「Sudanese Women, Digital Revolution and Backlash」(SecDev Foundation, 2025年)から、ある活動家の証言を引用している。市民的不服従についてFacebookに投稿した結果、逮捕、所属団体の活動凍結・資産凍結、WhatsAppアカウントのハッキング、写真の削除、連絡先の盗用・拡散という連鎖的被害を受けたとされる。AI技術の普及により被害はさらに深刻化しており、活動家の声を用いた偽ポルノ動画の作成や、顔を別の身体に合成する事例が複数報告されている。

 2016年の事例として、「Sudaniat against Hijab(ヒジャブに反対するスーダン女性)」と称するFacebookページが、ある女性の写真を無断使用し「ヒジャブに反対している」という虚偽の主張を行った事件が紹介されている。これは宗教的原理主義集団に発見された場合、生命の危険に直結し得るとされる文脈であった。被害者らは情報をまとめてFront Line Defenders(グローバルノース拠点の人権団体)に送付し、同団体のFacebookへの働きかけによって最終的に当該ページは削除されたが、運営者の身元は最後まで開示されなかった。報告書はこの事例を、プラットフォーム側の対応の遅延と、「表現の自由」を理由とした不作為が文化的・治安的文脈への感度の欠如を反映していると評価している。インタビュー対象者の発言として「写真を盗用されこのように使われることは、危害や殺害につながりかねない文脈において、これは表現の自由ではない」という証言が紹介されている。

 一方でスーダンの女性は対抗的なデジタル実践も発展させており、2023年の内戦前には「Inboxat」と呼ばれるFacebookグループが、嫌がらせメッセージを公開して加害者を特定する取り組みを行っていた。スーダンにおけるソーシャルメディアの市場シェアは2026年時点でFacebookが約77.57パーセントと圧倒的であり、X・TikTok・WhatsAppが情報流通の補助的役割を果たしている(StatCounter, 2026年)。

横断的パターンと結論

 報告書はウクライナ・スーダンの比較から四つの共通パターンを抽出している。第一に、ジェンダー規範と既存のステレオタイプがTFGBVの主要な駆動因である点。第二に、女性が取り扱う話題の政治的機微さが標的化の確率を直接左右する点。第三に、オンラインとオフラインの暴力の間に強い連続性が存在し、特にスーダンではこの結びつきが極めて顕著である点。第四に、TFGBVの影響は心理的苦痛・経済的損失・制度への信頼喪失・公的生活からの撤退といった形で多次元的かつ累積的に蓄積する点である。報告書は、女性の自己検閲や政治・治安・平和構築プロセスからの撤退が、これらのセクターへの将来的な参加を阻害する「パイプライン効果」を持つ可能性も指摘している。

 結論部分で報告書は、TFGBVを単なるジェンダー課題としてではなく、平和と安全保障上の課題として位置づける必要があると論じている。女性の沈黙化は社会的結束を弱め、分極化を助長し、紛争主体による威嚇・情報操作・統制戦略の一部として機能し得るためであり、これはWPSアジェンダの実効性そのものを損なうとされる。提言としては、WPSの公開討論やNAPへのデジタル次元の組み込み、複数ステークホルダー対話の強化、ドキシングや画像ベース虐待を犯罪化する法整備、プラットフォーム事業者によるコンテンツモデレーションの強化と文脈感応的な対応、法執行・司法関係者や高リスク職業従事者への能力構築、ジェンダー分離データの収集を含む研究の強化、そして被害者への心理社会的・法的・経済的支援体制の拡充が挙げられている。

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