欧州における報道自由の侵害は、2025年上半期にも広範かつ多様な形で現れた。MFRRのモニタリング「Monitoring Report January-June 2025」によると、1月から6月までの半年間に709件の侵害が記録され、被害を受けた人数や団体は1249にのぼった。対象は35か国に及び、EU加盟国と候補国を合わせると、数字の上でも質の上でも広がりが確認される。
EU加盟国では342件(被害584件体)、候補国では367件(被害665件体)が記録され、加盟候補国の状況がより深刻であることが数字に表れている。加害主体の内訳をみると、民間個人が22.1%で最多だったが、政府・公職者による侵害が20.6%、EU域内では23.1%に達しており、公的権限を持つ主体による攻撃が顕著であった。さらに警察・治安当局が12.6%、司法が10.0%を占める。こうした比率を踏まえると、報道の自由への脅威は単なる社会的ハラスメントではなく、制度や権力そのものが関与する構造的な問題であることがわかる。
侵害が起きる場面は大きく三つに分かれる。
- オンライン空間(23.1%):SNSでの中傷、メールによる脅迫、ディープフェイクやスプーフィング。
- 抗議・デモの取材中(13.5%):警察による排除や暴力、参加者からの攻撃。
- 法廷(11.7%):著作権クレームや訴訟を通じた萎縮効果。
オンラインでの攻撃が最も多いのは現代的特徴だが、現場での暴力や法的手段の悪用も並行して増加しており、侵害の形態が多層化していることがうかがえる。
セルビア:大統領発言から殺害予告へ
セルビアは、2025年上半期だけで96件の侵害が記録され、前年1年間の84件をすでに超えた。状況を悪化させた契機は、2024年11月に起きたノヴィサド駅舎の屋根崩落事故である。16人が死亡したこの事故は政府の責任追及を呼び、全国的な抗議が続いている。独立系メディアは事故原因や不正の可能性を報じ、抗議を支持する声を伝えたが、それが逆に政府からの敵視を強める結果となった。
2025年6月、ヴチッチ大統領はテレビ出演の際に、独立系放送局N1やNova Sを名指しで「純然たるテロ」と断じた。通常であれば政治家の過激な発言にとどまるはずだが、このケースでは直後にN1編集部へ6件の殺害予告が届き、その中には「シャルリー・エブドのようになる」と書かれた脅迫状が含まれていた。大統領の発言が、社会の一部にとっては暴力的行為の正当化として受け止められたことを示す事例である。
抗議現場でも記者は直接の危険にさらされた。特に6月28日の大規模デモでは、警察が警棒や盾、催涙ガスを用いて人々を排除するなかで記者も巻き込まれ、多数が負傷した。さらに、Euronews SerbiaやPolitikaなどで抗議を支持した記者が解雇されるなど、職場での制裁も相次いだ。セルビアの状況は、国家指導者の言葉が脅迫を誘発し、警察による物理的暴力と企業による処分が重層的に重なる典型的な事例である。
ハンガリー:SPOによる中傷と法案の脅威
ハンガリーでは28件の侵害が記録された。そのうち半数は「外国エージェント」関連であり、政府直属の主権保護局(SPO)が中心的な役割を果たした。SPOはSNSで動画を公開し、独立メディアを「外国の資金で世論を操作している」と非難し、Valasz Onlineの共同創設者や国際NGO RSFを名指しで攻撃した。
オルバン首相も3月15日の演説で批判的なメディアやNGOを「駆除すべき虫」と呼び、SPOの主張を後押しした。こうした言説は社会的信用を削ぐだけでなく、立法にも結びついた。提出された「公共生活の透明性法」案は、SPOに金融調査や家宅捜索の権限を与える内容を含み、外国からの資金提供を受けるメディアを事実上規制対象に置こうとするものであった。法案は国際的批判を受けて審議が延期されたが、EU委員会はSPOの設立と関連法に対して違反手続きを開始している。
ハンガリーの事例は、言説によるスティグマ化が制度や法案と直結することで、独立報道の資金基盤と活動の正当性を脅かす構造を示している。
ルーマニア:選挙と法的ハラスメント
ルーマニアでは大統領選挙が報道環境を大きく揺るがせた。憲法裁判所はロシアによる偽情報干渉を理由に1回目の投票を無効化し、再選挙を命じた。選挙をめぐる緊張のなかで、極右政党AURのシミオン党首は独立メディアに対して激しい中傷を繰り返し、Digi24の記者との会話録音をFacebookで公開するなど、個人攻撃に踏み込んだ。
さらにContext.roをはじめとする調査報道メディアは、企業批判記事をめぐって虚偽の著作権クレームを大量に受け、Google検索から一時的に記事が削除されるという事態に直面した。これは、記事を転載した偽サイトが「オリジナルの方が盗用だ」と通報することで、検索結果から削除させる仕組みを悪用したものだ。記事の対象となった実業家は実際に訴訟を起こし、法廷を通じて報道を抑圧しようとした。
このようにルーマニアでは、選挙と偽情報問題を背景に、オンラインと法廷が連動して報道を萎縮させる仕組みが働いていた。
ジョージア:立法ラッシュによる制度的封じ込め
ジョージアでは2025年春に短期間で複数の法改正が行われ、報道の自由に大きな制約を加えた。
- 4月1日には、米国FARAを逐語訳した「外国エージェント法」が採択され、違反者には最大5年の禁錮刑と1万ドルの罰金が科されることになった。
- 4月16日には助成金法が改正され、外国ドナーからの資金提供に事前承認を義務づけた。
- 6月1日には放送法が改正され、規制当局GNCCが番組の「事実性・公正」を判断する権限を持ち、違反したメディアには収入の3%罰金や免許剥奪を科すことが可能になった。
これらの立法は一連の流れとして導入され、短期間に報道機関の資金・法的地位・放送権を同時に制約する仕組みを構築した。実際にFormula TVやTV Pirveliなどの放送局が調査対象にされ、制度改変が直ちに運用されている。
トルコ:抗議報道への暴力と放送統制
トルコでは、野党候補エクレム・イマモールの拘束をきっかけに全国的な抗議が広がった。取材にあたっていた記者は警察から催涙ガスやゴム弾、警棒で攻撃を受け、3月21日には少なくとも9人が負傷し、その後も被害が続いた。
同時に放送規制当局RTÜKは、放送局に対して「政府発表以外を使用するな」との通達を出し、違反すれば免許を停止すると脅した。抗議の広がりに伴ってSNSへの一時的な接続制限も行われ、情報流通が制約された。トルコでは、現場での物理的暴力と、放送規制・通信遮断という制度的制約が組み合わさって記者活動を妨害している。
ウクライナ:戦時下での外的攻撃と国内からの脅威
ウクライナでは62件の侵害が記録された。11件の身体的攻撃のうち6件はロシア軍によるもので、報道機関施設を狙った攻撃も7件確認されている。占領下の地域では、依然として約30人の記者が拘束されたままである。
一方で、国内からの攻撃も無視できない。複数のメディアが爆破予告メールを受け取ったほか、AIによるディープフェイク動画や偽記事を使った中傷が横行している。戦時下の特殊な状況に加え、デジタル空間での攻撃が報道の信頼を揺るがしており、二重の脅威が存在している。
まとめ
2025年上半期のMFRR報告は、欧州における報道自由の侵害が709件という規模で発生していることを示した。特徴的なのは、公的主体が関与する比率が高く、制度や法制度、治安機関を通じた圧力が強まっている点である。
セルビアの大統領発言が殺害予告に直結した事例、ハンガリーのSPOによる名指しの中傷と法案、ルーマニアでの虚偽著作権クレーム、ジョージアでの立法ラッシュ、トルコの抗議取材中の警察暴力、ウクライナでの戦時下攻撃とデジタル工作。これらはそれぞれ異なる背景を持ちながらも、言説によるスティグマ化、制度的封じ込め、現場での暴力、デジタルによる信用失墜という複数の手口が並行して用いられている点で共通している。
報告書は単なる数字の集計ではなく、こうした具体的事例を通じて、欧州で進行する報道自由の侵害がいかに多層的かを浮かび上がらせている。
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