ブラジルのファクトチェック機関Agência Lupaの調査部門Observatório Lupaは、ラテンアメリカ向けファクトチェックネットワークLatamChequeaおよび欧州連合(EU)の対外政策手段庫(Foreign Policy Instruments)との連携のもと、2026年6月に報告書「Operações de influência russa na América Latina(ラテンアメリカにおけるロシアの影響工作)」を公開した。著者はBeatriz FarrugiaおよびMaiquel Rosauroの両研究者である。本報告書はEUの資金提供を受けて作成された旨が文書内で明示されており、ロシアによる情報操作の摘発を目的とする欧州側の政策的関心が調査の前提に組み込まれている点は読者として念頭に置く必要がある。同時にLupaおよびLatamChequeaは国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)加盟の検証機関であり、調査対象であるロシア系ナショナリスト団体「ノヴァ・レジステンシア」から本報告書の公開前に名指しで攻撃を受けていた当事者でもある。この力学そのものが、本報告書が記述する情報空間の対立構造を体現していると言える。
報告書は8部構成で、ロシア国営メディアの基盤(RT・Sputnik)の地域展開、確認済みのFIMI(外国による情報操作・干渉)事例、アルゼンチン・ボリビア・ブラジル・チリ・コロンビア・キューバ・メキシコ・ニカラグア・ペルー・ウルグアイ・ベネズエラの国別事例、各国に置かれたロシアの諜報拠点、ロシア・ウクライナ・NATO・EUに関する域内ファクトチェック404件の分析、結論、および軍事協力や対外債務免除といった非デジタル領域の「ソフトパワー」事例集(付録)から成る。本稿では、ブログの編集方針に即して情報操作・偽情報の構造分析を中心的主題とし、国営メディア基盤の概況、確認済みのFIMI類型、ドゥーギン主義ネットワークの大陸的展開、および特に分析価値の高い国別事例を扱う。軍事協力・諜報拠点・債務免除といった非デジタル領域の付録部分は、本稿の対象範囲外として概要のみ言及する。
ロシア国営メディアの地域基盤——RTとSputnikの浸透度
報告書はまず、ロシアが地域に維持する国営メディア基盤を「氷山の一角」と位置づけ、ここから組織的な増幅網へと分析を進める構成を取る。RT en Españolは2009年の開局以来、4カ国に支局を、8カ国に活発なデジタル展開を持ち、メキシコでは2023年時点で80以上のケーブル局が同チャンネルを配信し地上波(Albavisión/Telsusa系列)でも放送、潜在視聴可能世帯数は1100万に達していた。2026年1月時点のSNSフォロワー数はX上で340万、Telegramで28万6800に上る。Sputnik Mundoはブエノスアイレスの大統領府から600メートルの距離にスタジオを構え、2024年9月にはアルゼンチンで24時間のラジオ放送を開始しており、国境なき記者団(RSF)によれば2023年時点でRTとSputnikを合わせた域内の定期視聴者数は約3200万人と推計されている。ブラジル向けにはポルトガル語のSputnik Brasilがあり、2025年8月からはリオデジャネイロのラジオ局周波数を獲得し1350万人規模の都市圏に24時間配信する体制を整えた。
確認済みのFIMI事例——ワクチン偽情報、ウクライナ戦争言説、反米的枠組み
報告書が記録する個別事例のうち、技術的に最も具体的なのは2020年のCOVID-19ワクチンを巡るマルウェア配布事案である。米科学者連盟(FAS)の調査により、オックスフォード・アストラゼネカ製ワクチンに関連する1万5820件のURLを追跡した結果、Sputnik Newsを含む53のウェブサイトが、ワクチン臨床試験の一時停止を報じる記事内にマルウェアを仕込んでいたことが判明し、後続調査ではロシア情報機関と関連するハッカーがアルゼンチン・ベネズエラ・チリ・ペルー・メキシコの報道サイトに同種のマルウェアを感染させていたことも確認された。同時期には、ロシアの抗ウイルス薬アヴィファビルをペルー・コロンビア・ブラジルが購入するとの言説がRT en Españolとベネズエラのテレスールによって流布されたが、ペルー保健省関連機関はzoom説明会への参加のみで購入の事実はないと否定し、ブラジルの衛生当局アンビーザも2021年に緊急使用許可を拒否している。
ウクライナ戦争に関しては、Atlantic Councilの2024年調査が、2023年1月から10月の間にブラジル・メキシコ・アルゼンチン・コロンビア・ベネズエラ・チリ・エクアドル・ボリビア・キューバ・ニカラグアの駐在ロシア大使らが、それぞれの現地文脈に適応させた反ウクライナ言説を発信していたことを明らかにしている。ブラジル駐在大使アレクセイ・ラベツキーは「ウクライナの非ナチ化作戦」という説明をブラジルの報道・ブログ176件で引用された。DFRLab(デジタル・フォレンジック調査ラボ)の2024年調査は、ブラジル人ルイス・ジョルジ・ヴィアナ・クンツ夫妻が運営する「ブラジル・ロシア友好協会」(ポルトガル語向け)と「南の同盟者」(スペイン語向け)という2サイトが、約500本の記事を通じてロシア・中国・ベラルーシの利益を増幅しNATOと米国を攻撃する複製コンテンツ網を構成していたことを特定している。これらの言説に共通する枠組みは、米欧による経済制裁が南半球諸国に与える打撃をロシア自身の打撃よりも強調し、ロシアを「多極的」な対抗軸として正当化する反植民地主義的言説である。RSFの分析によれば、RTの域内番組編成は移民・治安・貧困という現地問題をほぼ一貫して米国の責任に帰属させる枠組みで構成されている。
Matryoshka作戦とドゥーギン主義ネットワークの大陸的展開
フランスの対外デジタル干渉監視機関VIGINUMは2024年6月、2023年9月から活動するロシアの干渉作戦「Matryoshka」に関する報告書を公表している。同作戦は一般市民の欺瞞に加え、ファクトチェック機関・既存報道機関を直接の標的とする点に特徴があり、60以上の国・500以上のXアカウントに及んだとされ、ラテンアメリカではメキシコ・エクアドル・アルゼンチン・ブラジル・チリ・ボリビア・コロンビア・ベネズエラの報道機関が標的に含まれていた。手口は、ファクトチェック依頼や調査情報の提供を装ってジャーナリストや検証担当者に接触し、実際の取材労力を消耗させ別の重要な検証作業から注意を逸らすというものである。
報告書はさらに、ロシアの思想家アレクサンドル・ドゥーギンが提唱する「第四政治理論」に共鳴する団体群が、大陸規模の連合体「アメリカ解放中央委員会」を結成した経緯を詳述する。同委員会は2022年5月29日、ブラジルの団体「ノヴァ・レジステンシア」によって公式に発足が宣言され、同団体が大陸内における親クレムリン的影響力の輸出拠点として位置づけられている。
| 国 | 団体名 | 特記事項 |
|---|---|---|
| ブラジル | ノヴァ・レジステンシア | 委員会発足の主導団体、米国務省は2023年にネオファシスト団体と分類 |
| チリ | チリ愛国サークル(「プラクシス・パトリア」とも) | SNS上で活動継続 |
| ペルー | ペルー民族主義評議会、クリソリズム研究センター | 指導者イスラエル・リラ(別名「ゼロ・スキゾ」)は2009年にナチズム称揚で逮捕歴あり |
| コロンビア | 全国前衛(活動停止) | — |
| キューバ | 全国青年(SNS上の実体未確認) | — |
| メキシコ | 全国テンペスティスタ調整機構、多極プラットフォーム メキシコ支部 | 「アナルコ・ファシスト」団体と評される |
| アルゼンチン | 多極プラットフォーム(活動停止) | — |
これらの団体は、ウクライナ侵攻の正当化、ドゥーギンの娘ダリア・ドゥーギナの死を悼む象徴的行動の同時実施など、共通の言説と儀礼を共有する。ノヴァ・レジステンシアの指導者ラファエル・マシャードとルーカス・レイロスは、ロシア主導の「世界ファクトチェックネットワーク(GFCN)」——独立した検証機関を装いつつロシアの言説を正当化し批判者を攻撃する組織——にも参加しており、レイロスはモルドバの選挙干渉事案でも主体として特定された人物、マシャードは国際的に極右と評される「主権擁護者国際連盟」の構成員である。
国別事例の精査——アルゼンチン・ボリビアの「ラ・コンパニーア」とメキシコの組織的浸透
調査報道機関Forbidden Stories、openDemocracy、Filtra Leaksが入手した内部文書に基づく報道は、ロシア対外情報機関の支援を受けるネットワーク「ラ・コンパニーア」がアルゼンチンで約28万3000ドルを投じ、2024年6月から10月の間にハビエル・ミレイ大統領の信用を毀損し対チリ関係に緊張を生む記事群を複数媒体に掲載させようとしていたと報じている。同種の調査は2026年2月27日、同ネットワークがボリビアでも活動していたことを明らかにし、2024年7月のフアン・ホセ・スニガ将軍によるクーデター未遂後、クレムリンが7名の要員をラパスに派遣しルイス・アルセ政権の「安定化」を支援したと指摘する。要員らは大統領演説の起草、2025年大統領選キャンペーンの設計、複数都市でのフォーカスグループ調査、さらにはボリビア司法選挙の監視資格取得まで試みたとされるが、アルセが2025年5月に再選を断念したことで作戦は同年末までに撤退したとされる。
メキシコに関しては、EU DisinfoLab(欧州の独立非営利調査機関)が2022年9月に暴露した「Doppelgänger作戦」が中心的に扱われる。同作戦はBild、20 Minutes、ANSA、The Guardian、RBC Ukraineを含む少なくとも17の実在メディアを模した偽サイト群を用い、ウクライナを「破綻国家・腐敗国家・ネオナチ国家」として描く言説とブチャの虐殺否定論を展開し、ロシア企業Struktura National TechnologyおよびSocial Design Agency(SDA)に帰属するとされる。2024年9月4日、米司法省はメキシコを標的とする関連作戦「México No Perdona」を摘発し、SDA・Struktura関連の32ドメインを差し押さえた。同作戦の目的は反米感情の刺激を通じて間接的に米国内選挙に影響を及ぼし反ウクライナ言説を流布することにあったとされる。直接的な関与は確認されていないものの、ファクトチェック機関Factchequeadoは2025年以降、米墨関係に関する偽情報——AI生成の人物像を用いた偽報道機関・偽記者の増加——を観測している。さらに、メキシコジャーナリスト・クラブがRTの研修事業と年次表彰を受け入れ、同クラブ機関誌がロシア系プロパガンダや陰謀論を転載していた事例、メキシコ・カトリック通信が2019年創設以来ロシア系サイト発の偽情報を定常的に再配信していた事例も報告書は記録する。
なおLupa自身が2026年1月31日、ブラジル大統領選における民主キリスト教党候補アウド・レベロをノヴァ・レジステンシアが勝利確実視の論調で支援する動きを報じたところ、同団体指導者マシャードが2026年2月15日、親ロシア系シンクタンクのプラットフォームでLupaおよびその創設者・最高経営責任者を直接批判する記事を公開した事実も記録されている。これは調査対象の主体が調査機関自体を標的化した直接的事例として、報告書内で特筆して扱われている。
GFCNの活動実態は、ベネズエラの事例において最も明確に確認される。同組織の構成員は2025年7月、ニコラス・マドゥロ政権下で実施された統一地方選(7月27日投票)を「正当化」する目的でベネズエラを訪問した。Lupaの取材によれば、GFCN代表団は当該選挙の「民主的性格」を称揚するコンテンツを発信したが、同時期の国際報道の大半は野党の事実上の不在、投票率の低さ、自由な選挙を阻む権力構造の継続性を批判していた。すなわちGFCNは、検証機関という体裁を取りながら、実際には国際的な批判が一致して指摘する選挙の瑕疵を打ち消す機能を果たしている。同様にキューバでは、国営ラジオテレビ機構(ICRT)とロシア通信・メディア省が2018年に締結した協定に基づき、RT en Españolがムルチビシオンおよびカナル・エドゥカティボの2チャンネルで定常的に放送される体制が維持されており、国営メディアの恒常的存在とGFCNのような偽装検証機能が補完的に機能している構図が浮かび上がる。
プラットフォーム統治の観点からは、チリの事例が示唆的である。RTは2025年6月、現地民放テレカナルの2.1チャンネルを通じて地上波での放送を開始した。これは外国国営メディアの地上波再送信を明示的に禁じる規定が存在しないという規制上の間隙を利用したものであり、現地の親ロシア系メディアやロシア大使館はこれを「情報の多元性」「西側の検閲への対抗」と位置づけて擁護した。しかし2026年1月26日、チリの国家テレビ評議会(CNTV)はテレカナルに対し、放送免許保持事業者が自局の放送枠の全部または一部を第三者に管理させることを禁じる現地法に違反したとして全会一致で制裁を科し、7日間の放送停止を命じている。これは、国営宣伝媒体の流通網が既存メディアの免許制度という規制レバーを通じて実際に制約された数少ない事例として注目される。
ファクトチェック404件の集計が示す傾向
報告書はIFCN加盟の18のラテンアメリカ域内ファクトチェック機関(アルゼンチンのChequeado、ブラジルのLupa・Aos Fatos・Estadão Verifica・UOL Confere、メキシコのVerificado・El Sabuesoなど)のサイトを横断的に検索し、「ロシア」「ウクライナ」「NATO」「EU」に関する検証記事404件を集計した。このうちロシアのウクライナ侵攻(2022年2月24日)以前の公開分はわずか28件であり、侵攻開始以降に検証対象が急増したことを示す。報告書は、欧州で見られるような体系的な影響工作研究と比較し、ラテンアメリカにおけるロシアの影響工作はいまだ十分に解明されていない領域であると評価する。
結論——メディア基盤・ナショナリスト網・偽装検証機関という三層構造
報告書は、ロシアの対ラテンアメリカ戦略を単発の事案の集合としてではなく、継続的な「インフラ」として捉える視座を提起する。第一の層はRT・Sputnikという国営メディアの恒常的な存在であり、現地メディアとの提携を通じて日常的にロシアの言説と反ウクライナ言説を域内に送り込む。第二の層は各国大使館とドゥーギン主義に連なるナショナリスト団体網であり、複数国にまたがる活動と象徴的行動の同期によって地域横断的な連帯を演出する。第三の層はGFCNのような偽装検証機関であり、検証という体裁を取りながら親ロシア言説の正当化と批判者への攻撃を行う。報告書は、この三層構造が冗長性(複数プラットフォーム・複数形式)と地域拠点性(各国のハブ団体)を備え、危機が生じるたびに公共的議論の焦点をずらす設計になっていると結論づけ、ジャーナリスト・検証担当者・政策立案者に対し、これらを孤立した事件としてではなく持続的な影響力基盤として監視する視座への転換を求めている。

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