スロバキアの陰謀論エコシステム──歴史的土壤、政治的主流化、Telegram極右空間、対抗領域の崩壊

スロバキアの陰謀論エコシステム──歴史的土壤、政治的主流化、Telegram極右空間、対抗領域の崩壊 陰謀論

 2025年に公開されたREDACTプロジェクトのスロバキア報告書「Report on Conspiracy Theories in the Online Environment and the Counter-Disinformation Ecosystem in Slovakia」は、同国における陰謀論の形成・拡散・政治的利用・対抗セクターの実態を、歴史・社会・オンライン環境を横断して分析するものである。著者は、コメニウス大学のPavol Hardoš(政治哲学・民主主義理論が専門)。2019〜2024年にかけて収集された600万件のSNS投稿(X、Facebook、Instagram、Telegram)に加え、主要偽情報対策組織へのインタビュー調査が含まれる。本稿では、報告書が示した具体的な観察とデータを中心に、その内容と構造を紹介する。

歴史的背景──ハプスブルク領から現代まで連続する“外部勢力への不信”

 報告書はまず、スロバキアにおける陰謀論の根基を19世紀に求める。ハプスブルク帝国下での社会不安と民族的緊張は、外部の“見えない敵”を想定する説明を繰り返し生んだ。1831年東スロバキアのコレラ暴動では、「上層部が毒を流した」という噂が暴動の引き金になったと記録されている。この種の“外部の陰謀”を想定する推論は、その後の政治局面でも反復された。

 ハンガリー支配への“千年の抑圧”、チェコからの“軽視”、共産党政権下での反西側プロパガンダなど、歴史的経験が“スロバキアは常に誰かに操られる”という枠組みを形成し、現代の反EU・反NATO・反NGOなどの言説に接続する。報告書は、これらの歴史的物語が陰謀論の受容性を高める土壌として機能している点を示す。

政治的主流化──陰謀論が政党の戦略資源として利用される

 報告書の中心的観察の一つは、スロバキアにおいて陰謀論が政治周縁ではなく、主流政治の内部で繰り返し利用されてきた点である。

 1990年代のメチアール政権は、外国財団やNGOを標的とする反ソロス言説を積極的に活用した。2018年に調査報道記者ヤン・クツィアクが殺害され、市民による大規模抗議が起きた際、ロベルト・フィツォ首相は抗議運動を「国外勢力によるカラー革命になぞらえた陰謀」と位置づけた。国内の腐敗責任を問う文脈を、外部の干渉に置き換えるフレーミングが形成された事例である。

 2023年以降には、陰謀系インフルエンサーが政党候補として取り込まれる事例が続き、SNSでの動員力が議会の勢力図に影響する状況が生まれた。報告書は、政治エリートがオンライン陰謀論空間に接続し、相互増幅する構図を具体的に示す。

オンライン環境──モデレーションの不足とプラットフォーム間の偏り

 オンライン環境の分析では、DSA透明化データに基づきスロバキア語モデレーションの不足が指摘される。2023年時点でFacebookとInstagramのスロバキア語担当は11名、YouTubeは5名であり、90%以上が自動化された処理に依存している。これにより、陰謀論コンテンツが削除や検証を受けにくい構造が形成されている。

 Facebookは政治・社会議論の中心であり、長尺の対談や説教はYouTubeに蓄積される。COVID期以降、Telegramが急速に拡大し、反ワクチン、反EU、反LGBT、親ロシアの複合ナラティブが集積する主要空間となった。報告書には、各プラットフォームのユーザー数(例:YouTube約430万、Facebook約320万)と、主要アカウントの動線が具体的に示されている。

Great Replacement──実体なき移民不安と極右インフルエンサーの役割

 移民流入が少ないスロバキアでは、移民不安は主に象徴的脅威として機能している。報告書は、Facebook・Telegramで観察された具体的投稿を引用しながら、Great Replacementがどのように再構成されているかを示す。

 例として、Telegramで最大規模のインフルエンサーの一人であるDaniel Bombic(Danny Kollár)は、2025年4月時点で6.3万人の購読者をもつ。彼はLGBTQ+権利を「白人のジェノサイド」と位置づけ、医師ヴラディミール・クルチェメリの死去を「カルルギ計画の共犯者がまた一人消えた」と投稿した。Bombicのチャンネルには、議会政党の政治家が出演することもあり、極右空間と主流政治の連結が具体的に示されている。

Gender Ideology──宗教、政治、オンラインの結節点としての陰謀論

 報告書で最も詳細に扱われるテーマが“ジェンダー・イデオロギー”である。カトリック教会の影響力が強いスロバキアでは、2013年の司教会議の文書が“文化の破壊”としてジェンダー概念を警告して以来、宗教ネットワークと保守系NGOが連携してこのテーマを政治化してきた。

 司祭マリアーン・クッファはYouTubeで「ジェンダーは社会の癌」「人口削減計画の一部」と語る説教動画を繰り返し発信し、数十万規模の視聴を得た。COVID期以降には、プロロシア系のバイカー集団Brat za Brataが彼との対談を配信し、ジェンダーを“国家を破壊する外部勢力の道具”として再定義した。2025年の憲法改正(性別を二元に限定)まで、宗教・オンライン・政党の連結が政策に影響を与えた過程が示されている。

対抗セクター──短期助成依存と政権交代による制度的後退

 対抗側にはDemagóg.sk、AFP Fakty、Globsec、Konšpirátori.skなど複数の組織があるが、いずれも短期助成依存であり、人員も限られる。2020〜2023年にかけて国家機関が戦略的コミュニケーションを整備したが、2023年の政権交代後に多くが縮小・解体された。

 象徴的なのは、警察の公式Facebookページが2017年以降15万超のフォロワーを集めたにもかかわらず、政権交代後に担当部署が交代し、積極的なファクトチェック機能が失われた点である。また、2023年のEU代表部への事実調査訪問が“Slovakia’s Watergate”と非難され、NGOや専門家が“外国の干渉を求めた”との攻撃を受けた事例も示されている。

まとめ

 報告書が描くのは、歴史的被害者ナラティブ、宗教ネットワーク、主流政党、極右インフルエンサー、モデレーション不均衡、対抗領域の脆弱性が結びつき、陰謀論が一つのエコシステムとして機能するスロバキアの現実である。SNSのミームではなく、政治・政策・制度に影響を与える構造的現象として陰謀論を捉えるための実証資料として、本報告書は重要である。

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