SNSと災害:命を脅かす「気候偽情報」の構造

SNSと災害:命を脅かす「気候偽情報」の構造 陰謀論

 2025年7月4日、テキサス州中部を襲った記録的豪雨は、わずか数時間で壊滅的な洪水を引き起こし、130人以上の命を奪った。犠牲者の中にはサマーキャンプにいた20人以上の少女たちも含まれている。こうした災害時、人々は最新情報や避難指示を求めてSNSにアクセスする。しかし、彼らがそこで目にするのは、必ずしも信頼できる情報とは限らない。むしろ、事実とは異なる主張、根拠のない陰謀論、誤誘導的な解釈のほうが、アルゴリズムの力ではるかに広範に届いている──Center for Countering Digital Hate(CCDH)が2025年7月に公開したレポート「Extreme Weather」は、その現実を数字と実例によって突きつけている。

「新しい否認」の登場と構造的拡散

 この調査を行ったCCDHは、以前から「新しい気候否認(New Denial)」という枠組みを提唱してきた。かつての気候否認(Old Denial)は「地球温暖化など存在しない」といった露骨な主張が中心だったが、近年は「災害の原因」「政策の効果」「科学者の信頼性」に矛先を向ける形で進化しているという。

 今回対象となったのは、2023年4月から2025年4月の2年間に、Facebook、Instagram、YouTube、X(旧Twitter)で拡散された「極端気象」に関する誤情報300件。これらの投稿は合計2億2,100万ビューを超え、その大半が山火事やハリケーンに関するものである。とりわけ2025年1月のロサンゼルス山火事と2024年秋のハリケーンHeleneは、誤情報が集中して流れた災害として顕著だった。

 CCDHの報告によれば、これらの投稿には以下のような主張が頻出する:

  • 山火事は「グローバリストによる土地買収計画」の一環で意図的に引き起こされた
  • ハリケーンは「気象兵器」で操作されている
  • FEMA(連邦緊急事態管理庁)の援助は「移民」には提供されるが「国民」には届かない
  • LAの水不足は「3インチの魚を守るための環境政策」のせい
  • 気候変動が災害に影響しているという主張は「データを誤解したヒステリー」

 こうした言説は単なる誤解や無知にとどまらず、「政府」や「科学」に対する敵意と陰謀論を強化し、人々の判断力を歪める機能を果たす。

ファクトチェックの不在と“認証済み”による誤誘導

 さらに深刻なのは、これらの誤情報投稿のほとんどが、SNSプラットフォームによるチェックやラベル付けを一切受けていなかったという点だ。CCDHが分析した300件の投稿において、具体的な誤りを指摘するラベル(fact-check)は以下のような割合だった:

  • YouTube:0%
  • X(旧Twitter):1%
  • Meta(Facebook + Instagram):2%

 しかも、投稿の約7割が「認証済みアカウント」からのものであり、一般ユーザーからは「信頼できる発信源」と誤解されやすい状況が生まれている。

 例えば、X上で誤情報を発信していた投稿の88%は認証アカウントによるもので、その視聴の99.8%を占めていた。つまり、誤情報の拡散力と「認証済みであること」は、今やほぼ不可分なものとなっている。

災害時の情報戦:Alex JonesがFEMAを圧倒する

 特に象徴的な事例として、CCDHはロサンゼルス山火事におけるAlex Jonesの情報拡散を取り上げる。JonesはYouTubeやMetaではすでに禁止されているが、X上では44本の投稿を通じて、次のような主張を繰り返した:

  • FEMAが救援物資を「押収」している
  • 山火事は「グローバリストによる意図的な攻撃」
  • 火災は「工業破壊と資本移転」を目的としたもの

 これらの投稿は合計で4億800万ビューを記録し、同時期にFEMAや主要報道機関(LA Times, NYT, BBCなど10社)が発信した山火事関連の全投稿(合計1億8千万ビュー)を大きく上回った。

「気象兵器」「クラウドシーディング」…現実への影響

 特に今年のテキサス洪水(2025年7月)の直後には、誤情報が物理的な被害を生む事態にまで発展している。以下はCCDHが確認した事例の一部である:

  • 「気象兵器」説に影響された人物が、気象レーダー設備(NEXRAD)を破壊
  • クラウドシーディング企業「Rainmaker」がSNS上で100件以上の殺害予告を受け、全拠点に警備を導入
  • 「FEMAは移民を優遇している」と信じた人物が、救援職員に対して銃を持って脅迫し逮捕

 災害に乗じた誤情報が「公共機関への不信」や「現場での暴力」に直結する構図が明確になっている。

SNSの収益構造が支える誤情報産業

 CCDHはこれらの拡散が「偶然の見逃し」ではなく、SNSプラットフォームのビジネスモデルによって制度的に支えられていることを強調する。

  • YouTubeでは、誤情報動画の29%に広告が表示。Microsoft CopilotやStarbucksなど著名ブランドの広告が並んでいた。
  • Xでは、Alex JonesやMichael Shellenbergerといった誤情報投稿者がサブスクリプション機能で直接収益を得ている。
  • Metaでは、誤情報を投稿したアカウントがFacebookのパートナープログラムに登録され、広告収入を分配されていた。

 プラットフォームはこうした投稿を削除するどころか、認証・可視化・収益化の三重のインセンティブ構造を提供していたのである。

「情報の災害」が災害そのものを悪化させる

 レポートは最後に、これらの誤情報が災害時の「判断」や「行動」を歪める点を強調する。避難せずに取り残されたり、救援を拒んだりするだけでなく、救助活動自体が妨害され、職員の安全が脅かされるケースも起きている。

 単なるSNS上の戯れ言ではない。これは、「気候災害」と「情報災害」が重なったときに起きる現実の被害なのである。

 このレポートは、災害対応において誤情報がどれほど深刻な脅威となっているかを、構造的・実証的に示した重要な資料である。単に「SNSの悪影響」を語るのではなく、気候変動の現実とその理解が、情報空間における破壊と対立によって阻害されているという点を明確にする。

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