2025年のポーランド大統領選は、投票用紙や街頭演説の場だけでなく、ネット空間でもう一つの選挙戦が繰り広げられた。そこでは外国発の偽情報と国内発の偏向情報が交錯し、政治的立場の異なる有権者のタイムラインに入り込んでいった。狙われたのは支持政党の変更だけではない。もっと深いところ──投票行動そのものをやめさせたり、開票結果への信頼を失わせること──が標的だった。2025年8月にAlliance4Europeによって公開されたレポート「Polish Election Country Report 2025」は選挙期間7か月間にわたって展開された28件のキャンペーンを追跡し、その手口、経路、関与主体、制度的背景、そして対応状況までを、ほとんど現場記録のような精度で描いている。
狙われる国、ポーランド
ポーランドはEUとNATOの東端に位置し、ウクライナを支援する西側の最前線だ。ロシアにとっては西側の結束を揺るがす「くさび」を打ち込む格好の舞台であり、標的としては地政学的にも政治的にも最適だった。国内では司法改革や報道の自由をめぐる論争が続き、世論は与野党の溝をまたいで二極化している。
制度的な脆弱性も見逃せない。EUデジタルサービス法(DSA)が求める国内調整官(DSC)が常設されておらず、政治広告の本人確認(KYC)も穴だらけだ。このため、外国資金による広告出稿が容易に秘匿できる。制度面での緩さは、情報操作を仕掛ける側にとって「事前の下見すら不要な安全地帯」になっていた。
荒唐無稽でも繰り返される偽情報
選挙戦が熱を帯びるにつれ、SNSには奇妙な投稿が増えていった。例えばXには「投票用紙にろうそくの蝋を垂らせば改ざんされない」という文章が画像付きで流れた。投稿には票が“すり替えられる瞬間”を描いた雑なイラストが添えられ、冗談か本気か判然としない空気を漂わせる。別の投稿では「地方の投票所は安全だが、ワルシャワの中央集計所で票が操作される」という話が、過去の選挙映像を再編集した短い動画と共に拡散された。
これらは一見すると荒唐無稽だが、コメント欄や引用投稿を見ると「それは本当だ」「親戚が役所で聞いた」という“裏付け”が追加され、真偽の境界を曖昧にする。背後には既知の極右アカウントと、ポーランド語を使う外国発信源の双方が確認された。彼らは新しい物語を作るよりも、過去に何度も使われてきた不信の種を再利用し、再び芽吹かせていた。
制裁をすり抜ける偽装メディア網
制裁対象の報道機関は直接発信できないため、第三者サイトを介した「コンテンツ・ロンダリング」が多用された。法律事務所を名乗る「Lega Artis」サイトはその代表例だ。ページは落ち着いた配色と本格的なレイアウトで構成され、編集部員として名を連ねる人物の写真と経歴が並ぶ。しかし、そのプロフィール写真は実在の他人から無断使用したもので、経歴も虚構だった。
記事内容は、制裁対象メディアの配信記事を翻訳・要約し、わずかな修飾を加えたもの。タイトルには「独占」や「緊急」といった言葉を織り込み、反EU・反ウクライナのナラティブを自然なニュースのように見せかけた。他にも「Doppelgänger」や「Portal Combat」などの偽装サイトがあり、Google検索で上位に表示されるようSEO対策まで施されていた。一般ユーザーが検索経由でたどり着いた場合、元の発信源が制裁対象だとは気づきにくい構造だった。
SNSをまたぐ拡散の鎖
拡散の流れは単純ではない。例えば、反移民・反ウクライナの短文がXに複数のアカウントから同時に投稿される。数時間後、その内容を要約した短尺動画がTikTokにアップされ、コメント欄には表情豊かなリアクション動画が付く。その翌日には、TikTok動画を転載したFacebookグループの投稿が、年齢層の高いユーザーに届く。こうして「X→TikTok→Facebook」という経路が確立し、世代や利用習慣の異なる層すべてに同じ方向性のメッセージが届くようになっていた。
YouTubeでも同様の連鎖が見られた。ベラルーシ国営ラジオの映像を編集した動画が、制度不信や特定候補への支持を訴える形で投稿され、アルゴリズムが関連動画を次々と推薦。視聴者は知らぬ間に同じナラティブの動画ばかりを見る“情報の囲い込み”状態に置かれた。
国内勢力の“内なるFIMI”
こうした情報操作は外国だけのものではない。国内の政治勢力も同じ技法を巧みに使った。討論会の映像を切り抜き、相手候補が言い淀んだ瞬間に嘲笑的な字幕をつける。経済統計の一部だけを強調し、あたかも政策が失敗しているように見せる。海外ニュース映像を別の文脈に置き換えて再利用する。公共放送に近い右派メディアは、反EU・反野党のメッセージを繰り返し放送し、視聴者の認識を少しずつ固定化していった。
プラットフォームの遅れた対応と制度の限界
市民団体や監視組織からの通報で削除やラベル付けが行われたが、対応は一貫していなかった。Xは削除までの時間が長く、協調的不正行為の抑止も不十分。TikTokは外部からのブーストをほぼ無検証で通過させ、Metaでは政治広告ライブラリの記録に不整合が見られた。YouTubeでは制裁対象の動画が編集し直され、長期間残留していた。
制度面でも問題は山積している。広告資金源の透明化は不十分で、政治広告のKYCも緩い。研究者や検証機関は、DSA第40条が想定するデータアクセスが十分に提供されず、分析や証拠提示のための情報が不足していた。
報告書が示す警告と提言
報告書は、新しい奇策よりも既知の手口が繰り返されることこそ最大の脅威だと指摘する。制裁の抜け穴、アルゴリズムの癖、国内の分断が組み合わされば、同じ物語は何度でも再演される。提言は三つの層に分かれる。第一に、国内調整官の常設や広告KYCの徹底、外国資金の遮断といった制度強化。第二に、監視から介入までのプロセスを標準化し、対応の遅れを最小限にする運用面の改善。第三に、市民団体への資金基盤強化とメディアリテラシー教育の継続。これらが同時に進まなければ、蝋燭や偽装事務所のような事例は再び選挙の基盤を揺るがすだろう。


コメント
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