オーストラリアのARC Centre of Excellence for Automated Decision-Making and Society(ADM+S、自動意思決定と社会に関するオーストラリア研究評議会卓越研究センター)が、2025年5月の連邦選挙を対象にした政治広告透明性調査の報告書「2025 Australian Election Advertising on Social Media」を2026年3月に公表した。ADM+Sはクイーンズランド工科大学・モナッシュ大学・メルボルン大学を中核とする政府助成の学際研究センターで、本調査はさらにMcKinnon Foundationの資金提供を受けて実施された。McKinnon Foundationはオーストラリアの政治教育・民主主義強化を掲げる非営利財団であり、政治広告規制の強化を支持する立場をとっている点は、報告書の勧告方向を読む際に念頭に置く必要がある。ただし、データ自体は両主要政党の広告を対称的に検証しており、数値の独立性は確保されている。
調査の概要と方法
本調査の中核をなすのは、Australian Ad ObservatoryがAustralian Internet Observatoryと共同開発したMOAT(Mobile Online Advertising Tool)と呼ばれるAndroid専用アプリである。このアプリを端末にインストールした参加者が実際に受信したスポンサード広告を自動収集し、参加者が任意で提供した属性情報とあわせて研究者に送付する仕組みだ。収集対象はFacebook・Instagram・TikTokの3プラットフォームで、オーガニック投稿やシェアコンテンツは含まれない。参加者106名は、ジャーナリストや政治研究者が激戦区と位置づけた21の選挙区に絞って募集された。選挙前2週間にあたる4月11日から投票日の5月3日まで計22,370件の広告が収集された。
政党・団体別の総支出データはPoliDashboardツール(トロント・メトロポリタン大学のSocial Media Labが開発・維持)でMetaとGoogleの公開広告ライブラリから補完されており、個別広告の観察データと支出データの二層構造になっている。参加者構成は26〜45歳が過半数を占め、女性比率が高く(106名中76名)、労働党支持層が最多(30名)と標本の代表性に偏りがある。ただし、標本の属性分布は全国値と概ね近似しており、報告書自体もこの限界を明示している。
政治広告は全体の3%——数字が示す構造
22,370件のうち政治広告として分類されたのは608件、全体の2.7%にとどまった。プラットフォーム別ではInstagramが5.1%(5,586件中285件)、Facebookが2.2%(14,677件中322件)で、TikTokは5,586件中わずか1件(0.05%)だった。TikTokが政治広告を規約上禁止していることを踏まえれば、実質的にMetaの2プラットフォームが選挙期間中のデジタル政治広告市場を寡占していたことになる。
政党別に見ると、Labor党が最多の250件を占め、連立(Coalition)の95件の2.6倍に達した。PoliDashboard集計によるMetaとGoogleの総支出では、連立が1,700万ドル、労働党が2,000万ドルとほぼ拮抗しているにもかかわらず観察件数に差が生じたことについて、報告書はLabor側が激戦選挙区や三つ巴の争いに集中した標的型戦略によるものと分析している。
時系列データで特筆すべきは、政治広告の観察件数が最大となった2日間がいずれも放送メディアの「選挙広告禁止期間(ブラックアウト)」中に記録されたことだ。放送法1992年(Broadcasting Services Act 1992 (Cth))はテレビ・ラジオの政治広告を投票日3日前から禁止しているが、ウェブサイト・SNS・ストリーミングサービスはこの規制の適用外であり、各陣営が禁止期間のデジタルプラットフォームを代替手段として積極活用した構図が数値に表れている。
アストロターフィングの解剖:エネルギー系9団体
第三者団体の広告は収集政治広告全体の約26%を占めたが、その多くがエネルギー政策——選挙の主要争点のひとつであった生活費問題と不可分に結びついている。報告書はエネルギー関連の第三者団体として9組織を個別に分析し、団体の設立経緯・資金源・AEC(オーストラリア選挙委員会)透明性登録の状況・Metaページの分類の実態を照合している。
Australians for Natural Gasは「ガス産業を擁護する非党派組織」を標榜しているが、広告の大半に「D Turner, Australians for Natural Gas, Brisbane」と授権者として記名されたDr. Michael Turnerが連立の内部調査会社であるFreshwater Strategyの関係者であることをABCが報道している。同団体はMetaに「非営利組織」として登録しているが、MetaのAd Library自体が「この広告は社会問題・選挙・政治に関するものを掲載した」と明示している。AEC透明性登録には未記載であり、報告書はこれを「教科書的なアストロターフィング」と評している。選挙前3週間の支出は3万3千〜4万9千ドルと試算された。
Mums for Nuclearは家庭の光熱費負担という文脈で原子力エネルギーを推進する草の根組織を装っているが、報告書の調査時点(2025年6月)のFacebookフォロワーは385、Instagramは193と極めて限られた実体しか持たない。それにもかかわらず4月11日から5月3日の3週間で4万9千〜6万1,600ドルを支出し、130万インプレッションを記録した。広告の主張に援用された「核エネルギーは年間4億台分の自動車排出量に相当する温暖化ガスを代替した」という数値はIAEA報告書に由来しているが、元のIAEA文書が「30カ国での核発電が化石燃料を代替することで回避された排出量の累積値」を示しているのに対し、広告では文脈が切り落とされて提示されている。またMums for Nuclearは米国(2016年設立)・ドイツ(2020年設立)に先行する同名組織をモデルにしており、日本でも同様のキャンペーン手法が輸出される可能性という意味で国際的な参照事例となっている。AEC登録は未済であり、この未登録状態がAECの注意を引いたことが報道で確認されている。
Nuclear for Australiaは原子力推進を唱える団体だが、ABNの名義変更履歴が報告書の分析により明らかにされた。ASIC(オーストラリア証券投資委員会)の登録によれば、同法人は1989年にA.D.M Nuclear Pty Ltdとして設立登記された後、2000年以降に10回の名称変更を経ており、直近の変更前には「Designer Light Switches(デザイン照明スイッチ)」という商号を使用していた。選挙前3週間の支出は9万7,500〜12万3,900ドルにのぼる。Crikey誌の報道では、同団体のウェブサイトに自由党系デジタル政治戦略家とされる人物の著者クレジットが記載されていたことも指摘されており、AEC登録は未済のままだ。
Australians for Affordable Energyは対照的に反原子力・太陽光・風力支持の立場をとり、LNP(クイーンズランド自由国民党)の原子力政策コストを訴えるインタラクティブ「エネルギー料金計算機」をウェブサイト上に設置している。2025年1月にASIC登録されたばかりの新設法人であり、AEC透明性登録には未記載。Metaには「コミュニティ」ページとして登録されている。支出額は2万6,700〜56万5,700ドルと幅のある推計が示されており、この開きはMetaの広告データの報告精度の問題を反映している。
以上の個別事例に共通するのは、三つの構造的な回避戦術である。第一に、MetaのページをNGO・非営利・コミュニティとして登録することで「政治・社会問題広告」カテゴリーに適用される開示要件を回避する。第二に、AECの「重要な第三者」登録義務(財政年度内の選挙関連支出が1万6,900ドルを超える場合に登録が必要)を満たすにもかかわらず未登録のまま運営する。第三に、既存の正当な草の根組織の名称や外観を模倣する(Energy for AustraliaとEnergy for Australiansの並立など)ことで市民の認知を攪乱する。この第三の戦術について報告書は「ピギーバッキング」と呼び、既存団体の信頼資産を無断で流用する情報操作の類型として位置づけている。
サタイアと明示的政治団体の広告戦略
サタイアカテゴリーに分類されたのは2組織で、いずれも反LNP・反Dutton的な左派的論調のミーム広告を展開した。It’s Not a RaceはコメディアンのDan Ilicが主宰するページで、Dutton首相候補をミニチュアのトランプとして描写するビジュアルを用い、中国語でも同一広告を配信する人口統計ターゲティングをとった。選挙期間中の支出は13万9千〜18万9,200ドルで、AEC透明性登録では「重要な第三者」として登録済みである。Metaの広告ライブラリからはInstagramの中国語専用サブアカウント「itsnotaracecn2025」の存在も確認されており、特定の言語コミュニティへの選択的訴求という実態がうかがえる。
明示的政治団体のカテゴリーで最大支出を記録したのはAdvance Australiaで、4月11日から5月3日の間に58万1,300〜87万6,900ドルを投じ、2,413本の異なるMeta広告を出稿した。報告書の分析によれば、Advance Australiaは表向き単独の組織として活動しながら、Election News・Albanese is Weak・Woke and Sending Us Broke・Greens Truth・Her Truth・Fair Australiaという計6つのサブページに広告配信を分散させている。この分散戦術は、特定メッセージを特定属性層に精密ターゲティングすることを可能にするだけでなく、政権与党への反対運動が多様な主体から自然発生的に湧き起こっているかのような印象を演出する効果を持つ。Advance Australiaは自由党系のCormack Foundationから資金提供を受けており、元首相Tony Abbottを含む多数の自由党関係者がメンバーに名を連ねるにもかかわらず、草の根組織としての体裁を維持している。
Australian Taxpayers’ Alliance(ATA)は反ALP・反グリーンズの自由市場イデオロギーを掲げる団体で、英語に加えてベトナム語・タイ語・中国語(普通話)・韓国語の計5言語で広告を配信し、支出額は16万5,900〜21万1,000ドル、総インプレッション数は1,158万に達した。Metaのレビュー欄にはビットコイン投資の勧誘文言が混在しており、報告書はスキャム活動との関連を示す指標として記録している。
主要政党の誤情報:ALP・連立の広告戦略
報告書の第3の知見は、誤情報と脱文脈化された情報が第三者団体に限らず主要政党の公式広告にも構造的に組み込まれているという点だ。
Labor党の広告キャンペーンは「He Cuts, You Pay」スローガンを基軸に、Dutton政権が誕生した場合の公共サービス削減を訴えた。AAP FactCheckが検証した主要な主張のうち、連立の原子力計画が6,000億ドルの財政負担をもたらすとする数値については「未証明」と評価された。この数値は米英での原子力建設コスト超過の最悪値ケースに基づくもので、オーストラリアの専門家が示すコスト幅は1,160億〜6,000億ドルと広く、最大値のみを固定して提示するのは誇大な選択的強調にあたるとされた。またDutton政権による病院予算500億ドル削減を告発する広告については、2014年当時の提案が結局実施されず、その後Turnbull政権下で撤回された経緯の省略があると指摘されている。
連立の主要スローガン「We Can’t Afford Three More Years of Labor」は、Albanese政権下での物価上昇を一連のデータで訴えた。食料品価格13%増・電力(補助金控除前)13%増・ガス34%増はABSデータから複製可能な事実だが、「オーストラリアのインフレは主要先進国中で一貫して最高水準」という主張についてAAPはエコノミストのSaul Eslake氏の見解を引用し、「OECD比較の文脈を無視し、インフレ率の変動を特定政権の政策に帰属させている」と批判した。「典型的な家庭はLabor政権下で年間1万9,208ドル所得が減少した」という主張についても、オーストラリアの一人当たり可処分所得の伸びがOECD平均を下回る傾向は2007年から続いており、Albanese政権に帰属させることに無理があると指摘されている。
Trumpet of Patriotsは小規模政党ながらGoogleプラットフォームに集中した約165万ドルの支出で注目を集めた。報告書が「マリンフォメーション(malinformation)戦略」と分類した手法——事実として確認できる情報を意図的に不完全な文脈で並置し、確認できない結論を誘導する——が典型的に現れたのが西オーストラリア州Karratha南方の私有滑走路に関する広告だ。中国国有企業が関与するとされる滑走路の存在、同地からの年間1,600万トンの資源輸出、クイーンズランドと北部準州のRAAF基地との比較という三つの情報をひとつの広告内に配置し、「中国が西オーストラリアへの地上侵攻を準備しており、オフショア空母から航空機が着陸しても豪州は撃退できない」という結論を導いた。この一連の主張を支持する空軍・海軍の現職または元職の信頼できる専門家の言及は広告内に存在しない。
選挙コンテンツを悪用したスキャム広告
収集データの中には政治的コンテンツを悪用した詐欺的広告も確認された。The Able Investorは、連立の選挙公約として提示された「自己年金積立(スーパーアニュエーション)を住宅購入に充当可能にする」政策を広告の訴求軸に据えた。4月11日から5月3日の間に出稿されたすべての広告がMetaの広告基準違反として削除されたにもかかわらず、研究チームの参加者端末では5月15日にも同広告が表示されたことが記録されており、プラットフォームの削除執行の遅延という独自の問題を示している。ABNの登録履歴では、現在の「The Able Investor」への改称以前にCertainty Wealthという社名を使用していた記録が確認されている。
The Profit PerspectiveはAlbanese首相の会見映像を流用し、Channel Nineのニュース速報風レイアウトで「4月に370ドル投資するだけで毎月3万ドルを保証」という架空の首相声明を重ね合わせた動画広告を配信した。ページの透明性情報には過去5年間で3回の名称変更、米国4名・ウクライナ3名・ベトナム1名の管理者所在地が記録されており、報告書は組織的な詐欺事業の典型的マーカーとして記録している。
規制の空白と5つの提言
本報告書が明らかにした問題は、個々の広告の内容の問題にとどまらない。現行の制度設計そのものに複数の構造的空白がある。
放送メディアのブラックアウト規制がデジタル広告に適用されないため、政党・第三者団体とも投票日当日まで実質上の制限なくデジタル広告を継続できる。AECの支出開示制度は選挙後に遅滞なく開示される仕組みになっておらず、2025年連邦選挙の献金開示が公表されるのは2026年2月以降になるとされた(2025年の選挙改革法により今後は開示基準が1万6,900ドルから1,000ドルに引き下げられ、選挙公示後7日以内・投票日前後1週間は24時間以内の開示が義務化される予定)。政治広告における「虚偽の事実的主張」を禁じる「真実法(truth in political advertising law)」は南オーストラリア州とACTにのみ存在し、連邦レベルには存在しない。
報告書はこれらの空白に対し五つの優先改革を提言している。全国規模の政治広告真実法の制定(選挙期間外も対象とする設計の検討を含む)、第三者資金のリアルタイム開示義務化、デジタル広告へのブラックアウト規制の適用拡大、ロビー団体を「コミュニティ組織」として偽装することを禁じるプラットフォーム分類の正確化義務、Australian Internet Observatoryのような研究インフラへの国家的・持続的投資の五点である。
報告書はまた、研究上の重要な限界も率直に認めている。オーガニックコンテンツ——政党や支持者が「プロモート」せずに投稿・拡散するコンテンツ——は収集対象外であり、実際の政治的影響力においてはスポンサード広告よりも大きな役割を果たしている可能性がある。インフルエンサーへの有償協力投稿(スポンサードコンテンツ)も同様に捕捉されていない。今回観察されたスポンサード広告の全体の3%という数値は、有料広告の占める比率の小ささを示す一方、有料広告以外の経路で流通する政治的コンテンツの量が圧倒的に多いことを示唆している。
報告書の著者らが強調するのは、これらの実態が立法措置ではなく研究インフラへの投資によって初めて可視化されたという点だ。プラットフォームが提供する広告ライブラリは不完全であり、MOATのような独立した収集ツールなしには「エフェメラル」なデジタル広告環境の記録は事実上不可能だとしている。独立したファクトチェック機関が資金難による縮小を余儀なくされる現状においては、研究インフラへの公的支援の欠落が民主的プロセスの観察可能性そのものを侵食しうるという主張は、今回の報告書が積み上げた実証データと照らしたとき、相応の説得力を持つ。

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