ジェンダー化された暴力の言語:ヨルダンのInstagramで公人・インフルエンサーを標的にするオンラインヘイトとハラスメントの構造

ジェンダー化された暴力の言語:ヨルダンのInstagramで公人・インフルエンサーを標的にするオンラインヘイトとハラスメントの構造 ヘイトスピーチ

 英国を拠点とする研究機関ISD(Institute for Strategic Dialogue)のヨルダン拠点ISD Jordanが2026年4月6日に公表した「Online Hate & Harassment Targeting Public Figures and Influencers on Instagram in Jordan」は、ヨルダンのInstagramにおいて公人・インフルエンサーを標的とするオンラインハームを12ヶ月間にわたって実証的に分析したレポートである。著者はZain HakimとIhsan Al Khleifatで、EU資金による支援のもとで実施された。ISDは英国・ドイツ・フランス・米国・カナダなど多拠点を持つ非営利研究機関であり、過激主義・ヘイトスピーチ・情報操作を分野横断的に研究する。ISD Jordanはアンマン拠点の独立法人として登録されており、ヨルダン国内の言論空間に関する調査として、2024年には「Online Hate Speech in Jordan: The Suppression of Women’s Voices」、2025年には「Online Othering: Religious and Sectarian Intolerance in Jordan’s Digital Sphere」を発表しており、本レポートはその延長線上に位置する。


調査の概要と方法論

 調査対象はInstagramに絞られた。Instagramはヨルダンにおけるインフルエンサー文化の主要プラットフォームとして機能しており、グローバルなヘイト研究の文脈でも参照が少ない非英語圏SNSの一つである。本研究は、アラブ圏のヘイトスピーチ実態を実証データに基づいて記述する比較的数少ない成果として位置づけられる。

 対象アカウントはコンテンツクリエーター・俳優・アーティスト・フードブロガー・メディア人・ジャーナリスト・社会/政治活動家を含む40アカウント。選定基準はフォロワー数および直近1年のエンゲージメントによる「可視性」であり、可視性の高さが攻撃の引き金になるという前提が設計に組み込まれている。各アカウントの最高エンゲージメント投稿について時系列で最初の200コメントを手動で収集・分析した。

 データ収集にはBright Dataを使用した。Bright Dataは公開オンラインデータの自動収集を支援するプラットフォームであり、手動分析で特定したアカウント・キーワード・コメント例を参照点として類似コメントパターンを広範な投稿・プロフィールにわたって収集することで、手動分析単独では捕捉しきれない繰り返しパターンを体系的に識別した。コーディングは手動で行い、コメントの主要な特性(言語・トーン・繰り返しの有無・標的選択)に基づいて分類した。カテゴリ間の重複が生じた場合、特にハラスメントが宗教的シェーミングや文化的判断と交差する場合には、研究者がその重複を明示的に記録した。最終的な分析データセットは約14,000コメントに及ぶ。

 本レポートでISDが用いるヘイトスピーチの定義は「人種・民族・性的指向・ジェンダー・性別・障害・移民身分・宗教を理由に個人またはコミュニティを非人間化・悪魔化・脅迫・暴力扇動しようとする活動またはコンテンツ」であり、このヘイトスピーチより広いカテゴリとしてハラスメント(特定個人・集団を脅かし挑発し苦痛を与えることを意図した標的型行為)および有害オンラインコンテンツを定義している。宗教的・道徳的シェーミング、文化的シェーミング、ボディシェーミングはすべて後者に含まれる。


ヘイトスピーチとハラスメントの全体分布

 収集された約14,000コメントのうち、ヘイトスピーチ(脅迫的言語または暴力扇動)に分類されたのは6%にとどまり、残る94%はハラスメントおよび虐待的言語であった。この分布は表面上は「ヘイトスピーチは少数」という印象を与えるが、著者らはこの解釈を明示的に否定している。94%を占めるハラスメントは個人を継続的に標的とし、侮辱・性的虐待・宗教的糾弾・文化的排除を含む点でヘイトスピーチと連続した有害性を持つからである。

 標的のジェンダー分布は際立った非対称性を示す。有害コメントの標的の72%が女性(および周縁化されたグループ)であり、男性は28%にとどまった。さらにヘイトスピーチ(6%)に限定すると、その80%が女性を向いており、男性向けは20%である。性的ハラスメントに至っては100%が女性を標的としていた。この非対称性はカテゴリをまたいで一貫しており、偶発的なものではなくオフラインのジェンダー権力構造がデジタル空間に再生産された結果であるとレポートは結論づけている。

 以下の表は、カテゴリ別の割合と女性標的比率を整理したものである。

カテゴリ全体に占める割合女性標的比率
虐待的言語29%61%
差別的言語13%
ボディシェーミング13%93%
宗教的・道徳的ハラスメント11%85%
文化的シェーミング10%78%
性的ハラスメント9%100%
トローリング6%67%
ヘイトスピーチ(脅迫・暴力扇動)6%80%

カテゴリ別の被害実態

虐待的言語(29%)

 最大のカテゴリは虐待的言語(abusive language)であり、全体の29%を占める。そのうち61%が女性を標的とした。内容は罵詈雑言・蔑称・貶め表現であり、個人を継続的に標的とする際には繰り返しによってハラスメントに発展する。男性向けの侮辱は間接的・ユーモア仕立て・皮肉調であるのに対し、女性向けはより露骨かつ直接的な表現が用いられる傾向にあった。研究者らは、絵文字を侮辱的単語に埋め込んだり、アラビア語とラテン文字を混在させた「Arabizi」や非アラビア文字で記述したりするなど、自動モデレーションを回避するための技術的工夫が広範に使用されていることを確認した。また一部の事例では障害に関連する蔑称が女性を集合的に表象するために使用されており、ジェンダー的攻撃と障害差別的言語が交差する実態が記録された。

差別的言語(13%)

 差別的言語は13%を占め、ガザ戦争を文脈とするヨルダン‐パレスチナ系市民への民族的・国民的排除言説が支配的であった。「baljik」「baljak」「balajkeh」といった蔑称は、ヨルダン国籍を持つパレスチナ系市民を「外国人」として表象するために用いられる。あるインフルエンサーの投稿が不評を呼んだ際、ユーザーらは「この人物はbaljikだ」と指摘した上で、抗議として自分のヨルダン市民権を放棄すると宣言するなど、排除言説が具体的な行為として現れた。さらに肌の色が濃いヨルダン人を「インド人」「バングラデシュ人」と呼ぶ人種的侮辱も確認されており、国民的帰属概念が人種化されている実態が示されている。

ボディシェーミング(13%)

 ボディシェーミングも13%を占め、そのうち93%が女性を標的とした。コメントの約4分の1が体重に集中しており、痩身の女性には「سحلية(トカゲ)」、太めとみなされた女性には「牛」「グール」「ダイエットに行け」「栄養士に診せろ」などの言語と動物GIFを組み合わせた攻撃が行われた。顔のパーツや体の釣り合いを嘲笑するコメント(「老人の顔を少女の体に持つ」など)も記録されている。

宗教的・道徳的ハラスメント(11%)

 宗教的・道徳的ハラスメントは11%で、そのうち85%が女性を標的とした。このカテゴリをISDが独立定義する理由は、「神罰・クルアーン・ハディースへの言及など宗教的権威に根ざした公的糾弾」という識別可能な特性があるからである。「炎の燃料になれ」「神よ彼女の命を奪いたまえ」などの表現が複数ユーザーによって組織的・反復的に投稿されるパターンが確認された。注目すべきは、ヒジャブを着用している女性インフルエンサーでさえバッシングを免れない点である。「これはヒジャブではなく売春だ」「ほぼないも同然のヒジャブだ」などのコメントは、服装を口実とした個人への継続的攻撃として機能する。ムスリム女性もキリスト教徒女性も、それぞれ異なる宗教的論理を用いて攻撃された。

文化的シェーミング(10%)

 文化的シェーミングは10%を占め、宗教的権威ではなく社会的規範に訴える糾弾として独立分類された。中心概念は「ayb(عيب)」であり、「恥辱」と訳されるが英語のshameとは文化的重みが異なる。共同体が「正常」「適切」「名誉ある」とみなす行動規範からの逸脱を指摘するために用いられ、「男性はいないのか、お前を制御する」「身をわきまえろ、恥知らずの女め」「お前を制御できる男はいないのか」などの発言に体現される。レポートはayb概念を「urf(عرف:慣習)」とも関連づけており、宗教的正当性ではなく「社会がそう見なす」という集合的規範への訴えがその本質であると整理する。このカテゴリの78%が女性を標的とした。男性向けには「名誉(sharaf)」「男らしさ(’ard)」を問う攻撃が中心で、「最大の寝取られ男」などの表現が記録された。

性的ハラスメント(9%)

 性的ハラスメントは9%を占め、分析対象全カテゴリのうち唯一100%が女性を標的とした。内容は性的侮辱・売春への言及・露出度への批判・特定の身体部位への繰り返し言及にとどまらず、インフルエンサーにポルノ出演を勧めるコメント、服装を性的可用性の「証拠」とみなす論理(「この値段は?時間いくら?」)、「美貌だけが自分の価値だ」という形でのプロフェッショナルな信用毀損まで及んだ。こうした言語は単なる侮辱でなく、女性の公的発言空間への参加そのものを威圧する機能を持つ。

ヘイトスピーチ(6%)と死の脅迫

 最も深刻な6%のヘイトスピーチカテゴリには、明示的な死の希求(「神よ彼女を打ち倒したまえ」「お前が死ぬよう祈る」)、自殺奨励(「自分を殺せ」「お前ほど叩かれたら私なら自殺する」)、名誉暴力の扇動が含まれた。一件の事例では特定のアンマンの地区名(映像撮影場所とされる)への「F-16ミサイルを撃ち込んでくれないか」という表現が記録されており、個人への脅迫が地理的具体性を帯びた形で現れていた。

トローリング(6%)

 ガザ紛争を契機としたトローリングは全体の6%を占め、そのうち67%が女性を標的とした。特徴的なのは「沈黙」も「発言」も等しく攻撃される二重拘束構造である。ガザについて言及しなかったインフルエンサーは「非人道的」「原則のない人間」として糾弾され、反対に言及した場合は「パレスチナ問題を利用してフォロワーを集めようとしている」「苦しみを商品にしている」「注目欲しさでパレスチナを踊りのネタにしている」として攻撃された。この構造的挟撃は議論を元の投稿から切り離し、個人への道徳的断罪へと変質させた。


構造的パターン:オフラインの権力構造の再生産

 本レポートが示す最も重要な分析的含意は、デジタル空間がオフラインの社会的ヒエラルキーを中立化するどころか、増幅・再生産するという構造的知見である。

 最も象徴的な事例として、あるヨルダン人女優が人気TVドラマ(第1シーズンで兄による名誉殺人が描かれた)への出演後、自身のInstagram投稿が「規範に反する」として攻撃されたケースがある。コメント欄には「兄が彼女を撃つのは正しかった」「彼女の姉は恥だから、兄は正当だった」「お前も同じ目に遭えばいい」などの投稿が殺到した。虚構の物語の被害者キャラクターと実在の女優が同一視され、現実の暴力が正当化される回路が形成されている。

 別の事例では、低賃金雇用と雇用主を風刺した動画をパロディした女性インフルエンサーが、「もし届く距離にいたら釘で切りつける」「お前を殺さなかったのは私のせいだ」「処刑の刑に値する」という物理的暴力の明示的脅迫を受けた。投稿内容がユーモラスな風刺であっても、女性が公的発言を行うこと自体が暴力による制裁の口実となる構造がここに示されている。

 「ayb」と「sharaf/ard(名誉)」という二つの文化的概念は、有害コンテンツに社会的正当性を付与する機能を持つ。個別の侮辱コメントはそれ単体では「社会的に容認可能」に見えるが、同一個人を継続的に標的とする組織的反復の中に置かれると、隔離・排除・沈黙強制の効果を発揮する。著者らはこれを「エピソード的ではなく体系的な(systematic rather than episodic)」ハラスメントと定義する。ランダムな攻撃の積み重ねではなく、文化規範を執行する集合的メカニズムとして機能しているのである。レポートが強調するように、「恥」と名誉のフレームを通じた有害コンテンツは被害者が異議を唱えることを社会的により困難にし、デジタル空間がオフラインの権力関係を中立的に反映する場ではなく、それを強化する場として機能することを示している。こうした構造的分析は、コンテンツ単体の削除を中心とする現行のモデレーションアプローチの限界を示唆しており、「個々のコメントが容認可能に見えても、組織的反復の文脈では深刻なハラスメントを構成する」という認識に基づいた政策設計の必要性を提起している。


アラビア語モデレーションの技術的課題

 本レポートの発見は、プラットフォームガバナンスの深刻な空白を指し示している。アラビア語コンテンツのモデレーションには固有の技術的困難が伴い、研究者らはその障壁を三層に整理している。

 第一に言語的多様性と方言の問題がある。ヨルダン・アラビア語方言は標準アラビア語とは語彙・文法・語用論において相当な乖離があり、方言特有の罵倒語は標準アラビア語の学習データで訓練されたモデルでは検出しにくい。第二に文字迂回の問題として、Arabiziへの切り替え(アラビア語をラテン文字で表記する若年層のデジタル慣行)、非アラビア文字・数字による代替表現、絵文字を侮辱的単語内に埋め込む手法が記録された。これらは検出回避を意図した意識的な工夫として確認されている。第三に文脈依存性の問題がある。「ayb」のような文化的概念は文脈なしには有害性が判断できず、宗教的言及と宗教的シェーミングの境界線も、繰り返しのパターンと標的化の意図を把握しなければ識別が困難である。組織的反復としてのハラスメントを捕捉するためには、個別投稿単位の判断ではなくアカウント・投稿群レベルの行動パターン分析が不可欠となる。

 著者らが指摘するように、これらの課題はグローバル南部・アラブ圏において特に深刻である。英語圏以外の言語でのモデレーション投資の不均等が被害の非対称的な拡大を構造的に許容しており、これはInstagramだけでなく主要プラットフォーム全般に共通する問題である。


提言

 ISDはInstagramとヨルダン政府それぞれに対して具体的な提言を行っている。

 Instagramへの提言の核心は、ヨルダン方言・Arabizi・絵文字埋め込みといった言語的複雑性に対応したポリシー適用の一貫性確保である。ユーザー報告と能動的モデレーションの双方においてこの一貫性が求められる。被害者・サバイバー中心のsafety by designアプローチとして、プライバシー機能を強化しつつユーザーへのアクセシビリティを高め、機能の存在を明確に周知することが求められる。AIモデレーションへの依存に対してはジェンダー的ヘイトスピーチとアラビア語の専門知識を持つ人間モデレーターチームによる補完体制が不可欠とされており、AI主導のモデレーション単独では文化的・社会的文脈の判断が不可能であるという認識は、中東・北アフリカ地域でのプラットフォーム安全政策に対する重要な示唆を持つ。

 ヨルダン政府に対しては、オンラインヘイトスピーチ・技術媒介型ジェンダー暴力・オンラインハラスメントに対する全社会的アプローチの採用、報告メカニズムの強化と法執行機関のトラウマインフォームド対応能力の整備、プラットフォームに対する標準化されたコンテンツモデレーション透明性報告の義務づけが求められている。透明性報告義務はアラビア語コンテンツへの投入リソースと成果を公開させることで外部検証を可能にすることを意図しており、欧州のDSAが確立しつつあるプラットフォーム透明性の枠組みをアラブ圏の規制文脈に適応させる方向性と符合する。

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